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弟の願い事 ~1~

 クリスマスイブ。
 吉岡秀雄は幼馴染で恋人の安岡恵里沙とデートをしていた。
 今は遊園地の観覧車に2人で乗っている。
 まだ、2人とも中学生だが、それでもロマンチックな気分になっている。
 雪でも降ればさらにいいのにな、と秀雄は贅沢なことを思う。
「あのね、秀雄…私…あなたに話したいことがあるの…」
 北欧系とのハーフだという彼女の顔は目鼻立ちがくっきりとして整っている。
 そんな彼女の美しい紅茶色の瞳に見つめられて秀雄はドキリとする。
 こんな少女が自分の恋人などというのは夢なのではないか、そんなことすら思ってしまう。
「なんだい?」
 彼女の美しい瞳を見つめながら秀雄は聞いた。
 恵里沙は真剣な表情でいった。
「私、サンタクロースなの」
 サンタクロース?
 秀雄の脳裏にジングルベルが鳴り響く。
 恵里沙を見ても冗談を言っているようには見えない。
「……えっ…?」
 それがやっとのことで秀雄が出すことのできた言葉だった。
 笑い飛ばすには、恵里沙の表情が真剣すぎるし、他に反応のしようがない。
 彼女が「うそうそ、冗談だよ0」とでも言い出すのを期待しても彼女はじっと秀雄を見つめ続ける。
「…そうね、いきなり信じてもらうのは無理よね…」
 恵里沙がため息と共にそんなことを言う。
 どうやら本気でいっているようだ。
 正気でいっているかは大いに疑問があるところだが。
「いや、サンタクロースって…」
「いい?見ててね」
 そう言って恵里沙は帽子を取り出す。
 それは白いポンポンのついたサンタクロースがかぶるような帽子だった。
 それを彼女が被ると彼女の体が一瞬輝く。
「うわっ!」
 秀雄は眩しくて目を庇う。
 そして、輝きが消えたとき目の前にはサンタクロースのコスプレをした恵里沙がいた。
 秀雄は恵里沙を見ながらミニスカートじゃないのか、などとぼんやりと思った。
「恵里沙…?」
「私、ハーフだって知ってるよね?」
 恵里沙がそんなことを言い出す。
 勿論知っていることなので秀雄は頷く。
「父の家系がサンタクロースをしていてね、今年が私の初仕事なの」
 そんな話をされてもにわかに信じがたいが、一瞬でサンタクロースに変身されては信じるしかない。
 しかし、どうして今になって言うのだろうか。


 秀雄がそんなことを思っているうちに彼女は帽子を外す。
 すると、再び彼女が光に包まれて元の服装に戻っていた。
「でも、何で俺に…?」
「秀雄はさ、恋人だから…隠し事はしたくなかったの。私のこと、嫌いになった?」
 彼女は恐れるかのように秀雄を見つめる。
 秀雄の中には驚きが渦巻いていたが、やがて喜びがそれを上回った。
 自分に対してそんな秘密を話してくれたのだ。
「そんなことないよ!俺、恵里沙のこと大好きだよ!」
 彼女が愛おしくて仕方ない。
 その想いはたとえ彼女がサンタクロースであったとしても変わらない。
 恵里沙はうれしそうに笑い、そっと目をつむる。
 秀雄は恵里沙の望みを理解して彼女に顔を近づけていき…
「ん…」
 キスをした。


「お帰り、兄ちゃん」
 秀雄が家に帰ってきたら、弟の誠司が出迎えた。
 今日は突然恵里沙から「サンタクロース」だ、などと言われて驚いたが彼は上機嫌だった。
 何しろ恵里沙とキスをしたのだから。
 そのことを思い出してにやにやしていると誠司に気づかれた。
「どうしたの、兄ちゃん?」
「ん、何でもないよ」
 そっけなく応じようとする秀雄。
 それでも、嬉しそうな声は隠せない。
「恵里沙お姉ちゃんとデートしたんでしょ?何かあったの?」
「ん0、まあ、な」
「いいなあ、僕も恵里沙お姉ちゃんとデートしたいなぁ」
 素直に羨ましがる弟の態度に秀雄は得意になる。
「お前にはまだ早いよ」
 弟の誠司は8歳。
 恵里沙が誠司のことは昔から可愛がっていたので、誠司もなついているのだ。
「え0、兄ちゃんだけずるいよ」
「はは、サンタさんにでも頼めよ」
 先ほどの恵里沙とのやり取りを思い出しながら秀雄は言った。
 誠司が驚いたような表情になる。
「サンタクロースっておもちゃをくれるんじゃないの?」
「さあな、とりあえずお願いするのもいいんじゃないか」
 冗談で言ったが、誠司は真剣な表情で考え込んでしまった。
 秀雄はさっきまでサンタクロースなど信じていなかったが、誠司の態度を見ていると微笑ましくなる。


 自分は8歳の頃はサンタクロースを信じていただろうか。
「早く寝ろ。サンタさんは遅くまで起きてる奴のところにはこないんだぞ」
 そこのところはどうなのだろう?
 今度恵里沙に聞いてみるか。
 そんなことを考えていると誠司の「お休みなさい」という声が聞こえた。
 こうして、吉岡秀雄の最高のクリスマスイブは終わりを告げた。


 翌日。
「兄ちゃん、兄ちゃん!」
 弟の興奮した声で目が覚める。
 一体何があったというのだろう?
 秀雄は耳元で声を出す弟に苛立ちを覚えつつ目を開けた。
「何だよ…?」
 声が不機嫌なものとなったのは仕方なかっただろう。
 目の前の弟は興奮した様子だった。
 そして、なぜか困ったような顔をした恵里沙もいた。
「ええっ!?」
 どうして恵里沙がうちにいるんだ?
 その疑問に答えるように弟が嬉しそうな声で言った。
「サンタさんが願い事を叶えてくれたんだよ!」
 そう言いながら、誠司は恵里沙に抱きつく。
「サンタさん…?」
 秀雄はまだ眠くて頭がはっきりとしない。
 それともこれは何かの夢だろうか?
「うん!サンタさんに『恵里沙お姉ちゃんと恋人になりたい』ってお願いしたら本当にそうなったんだ!」
 そう言って誠司が汚い文字を見せる。
 サンタクロースへのお願いが書かれたカードだ。
 確かにそこには『えりさお姉ちゃんとこい人になりたい』と書いてあった。
 秀雄は呆然とした表情でそれを見つめる。
「嘘だろ…?」
 秀雄は思わず恵里沙を見る。
 恵里沙は困ったような表情でいる。
 否定の言葉が欲しいのに彼女はそれをしない。
「誠司、ちょっと待っててくれ、恵里沙」
 そう言って恵里沙を伴い部屋を出る。
 廊下は寒かった。
 身震いしながら秀雄は恵里沙に質問する。
「一体全体どういうことなんだよ?」
「実はね…初めての担当が誠司君で、誠司君のお願いが、その…」


 恋人になりたい、だというのか。
 弟は何と自分の冗談を真に受けてしまったというのか。
 そして、それを叶えるのが恵里沙の仕事だというのか。
「な、何とかならないのかよ?」
「駄目よ…私の初仕事なのよ?」
 そんな馬鹿な。
 思わず恵里沙の顔を見つめる。
 彼女は今の言葉を覆しそうにも無い。
 秀雄はそのまま、キッチンへ向かう。
 この時間なら父親が起きて朝食の準備をしているはずだ。
「父さん!」
「お早う秀雄、どうした?」
「恵里沙が…どうして…うちに…?」
 父に否定して欲しかったのだ。
 恵里沙が秀雄の家にいることを。
「ずっと、恵里沙ちゃんはうちに住んでたじゃないか」
 しかし、不思議そうな口調で父は信じられないことを口にする。
「な、なんで…?」
 すると父は気遣わしげな表情になる。
「やっぱり、父さんの再婚には反対なのか?」
 再婚?
 その後父の話を聞くと、どうやら父は恵里沙の母と再婚しておりそのため恵里沙と一緒に住んでいるということなのだそうだ。
 確かに自分の母は亡くなっているし、恵里沙の父親も亡くなっている。
 だが、結婚などしていない。
 そのはずだ。
 そこに恵里沙と誠司がやってくる。
「お早うございます、お父さん」
 お父さん!?
 やっぱり冗談ではないのか?
 その日の朝は驚きで食事も何を食べたのか記憶に残らなかった。
 しかし、恵里沙の母もごく普通に朝食の席にいたことは秀雄の記憶に残っている。


 食後、何とか恵里沙と2人きりになる機会を作り彼女を問いつめた。
「何なんだよ?この世界は?」
「どうもね…誠司君は私と少しでも長く一緒にいたいと思ってるみたいで…」
 恵里沙が困ったような顔で言った。


 そのために、秀雄の父と恵里沙の母が結婚して恵里沙と一緒に住んでいるということになっているようだ。
「そんな…馬鹿な」
 だが、考えを変えれば自分もまた恵里沙と一緒に住めるではないか。
 そう考えると悪くは無い、どころか素晴らしいではないか。
 秀雄は衝撃から立ち直るとそんな風に前向きに捉えることが出来るようになった。
「キス…しよう」
 そんなことを秀雄は思い恵里沙に言った。
 さっそく、そのご利益に預かろう。
 彼女はためらった後に目をつむる。
 そして、先日のように秀雄は自分の顔を恵里沙の顔に近づけていき 
 バン、と何かに弾かれた。
 しりもちをつく秀雄。
「な、な…」
 思わず、しりもちをついたままそんな言葉を繰り返す秀雄。
「秀雄、今の私は誠司君の恋人なの…だから、私たち…キスはできないのよ」
 その言葉に衝撃を受ける秀雄。
 そんな馬鹿な。
 それでは一緒に住みながら自分たちは何もできないのか。
 しかも、彼女は『今は弟の恋人だ』と言った。
 なんと言うことだ。
 自分は弟と恋人がいちゃいちゃするのを指をくわえて見ていなければならないのか。
「それ、いつ終わるんだ?」
「わからないわ。でもね秀雄、私の心はあなたのものだから…信じて」
 恵里沙の真摯な言葉に力なく頷く秀雄。
 その言葉は大いに彼の慰めとなった。
 それに、なんと言っても弟は8歳で恵里沙は自分と同じ14歳。
 恋人といっても大したことはできないだろう。
 その予想はあっさりと覆された。

コメント

いいですね・・・。

心までとられてしまうのか気になりますね・・・。

また妊娠させられてしまったりとか、兄の目の前で・・・なんて展開も期待してますよ・・・。

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