2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

セクハラオーディション 1

 机や椅子の色濃い斜影が奇妙なアートオブジェのように廊下側へ伸び、放課
後の教室は前衛芸術家の個展会場であった。

 壁の時計を見上げた。夕方の4時。
 練習ダンジョンに潜っているなら、かなり歩を進めているはずの時間だった。
 なのに、こんな所で何もせず、影が伸びるのをうすらぼんやりと眺めている
だけか  俺は。
(……なにやってんだかよ…………)
 机に脚を投げ出し、我ながら呆れて、「チッ──」と舌打ちする。後ろ足で
立たせた椅子をギシギシ鳴らしながら、
「薙原」
「おわっ!」
 ふいに近くで発せられた声にびっくりしてしまい、ガタガタと派手な音を立
てて椅子を滑らした。
 急転する光景。崩されるオブジェ。
 悲鳴を上げる芸術家──はいない。
 騒音はすぐに止んだ。
「……何やってんの?」
 学校の天井というのは何でこう無機的なんだろうかと考えている俺の視界に
入って来たのは、鈴木だった。
「天井はその空漠さ故にもっと有効活用されるべき空間として無限大の可能性
を秘めているのではないかという研究論文を然るべき機関に提出その成果をビ
ジネスに転用特許独占儲けてウハウハするためには天井はもっと無為無用にな
るべき空間であるために天井十カ年計画を練りに練ってそのあまりの完全無欠
天網恢々ぶりに卒倒しそうになっていたところだ」
 呆れたような目で見下ろされた。
 細い脚がスカートの中から伸びているのが、いやでも目につくアングルであ
り、少しドキッとしてしまう。しかしパンツまでは見えない距離と角度。考え
てるな。
「鈴木か……」
 俺はばつの悪い顔で立ち上がった。
「何か用かよ?」


「なんか、ふてくされた顔してるわね」
「べつに……」
 そんな顔をしているのかと思いながら、倒してしまった後ろの机と自分の椅
子を直す。
 俺をじろじろ見ながら、鈴木は腕を組んだ。そして言葉を続けた。
「リナ……今日が二次選考だっけ?」
「知らねーよ。勝手にアイドルにでもなるんじゃねーのか」
「…………」
 鈴木はすぐに言葉を返さなかった。
 ほんの少し、黄昏に染まる教室に相応しい沈黙が降りる。
 鈴木の口が再度開き、沈んだ空気は破られた。
「アンタがどう思ってるか知らないけど……調べたから一応言っておくわ」
 あまり人と話したくない気分だったかもしれない。俺は鈴木から視線を逸ら
して横顔を向け、座り直してまた脚をドカッと置いた。
 しかし、次の言葉で俺の俯いた顔は跳ねるように上がっていた。
「マロプロのプロデューサー、好色で有名なんですって。オーディションは、
すべて勝者の決まった出来レース……応募してきた子から、好みの子を見つく
ろってやらしい事を迫るらしいわ」
 頭(こうべ)を巡らし、鈴木と視線を合わす。鈴木はじっと俺の顔を見返した。
「…………。……本当の話か?」
「噂よ。確証はないわ。確かめるなら、行くしかないわね」
「…………」
 鈴木の顔が教室の時計に逸れ、
「時間、今からなら間に合うはずよ」
 また戻ってきた。
 その目には、俺を射抜く眼光が宿っていた。
「意地をはりたいなら、ここに居ればいいわ。リナの事が心配なら──」
 心臓がドクン、と強い鼓動を打つ。
 俺は──

 キュ、と奥歯を噛みしめた。



 ふわふわとした足取りで控え室の入り口をくぐると、一番近くの空いている
腰掛けに落ち着き、
「はぁ……緊張した」
と、リナは深い溜め息をひとつ吐いた。
 たった今、オーディションでの出番を終え、戻ってきたのである。
 二次選考だけあって、会場内の雰囲気も前回と比べて明らかに格段上の熱気
を見せていた。
「周りの子……みんな可愛かったなあ……」
 水着の着用を義務づけられたため、会場はさしずめ、水着美女の揃い踏みと
いった観であった。
 リナもアイドルを目指しているだけあって、自分の容姿にそこそこの自信は
抱いているが、正直敵わないと思ってしまうほどの、モデル級の美人が何人も
いた。はっきりと負けを感じたプロポーションの持ち主もごまんと。
「スリーサイズかあ……」
 リナは水着に包まれた自分の身体を見下ろした。
 上から85・57・86。数字だけなら、他の子に負けてないと思う。この
プロポーション作りのために、けっこう頑張ってきたつもりだ。胸はちょっと
垂れ気味だけどそれは自重のせいだしある方……だと思うし、ウェストは厳し
く管理したし、冒険で鍛えているボディには無駄なぜい肉はない……ハズ。
 自分のカラダをそういう風に見るのは気恥ずかしさもあるけど、
「アイドルになるためには仕方ない事だもんね……」
と、自分で自分を納得させるしかなかった。女の子としての魅力もアイドルに
は重要な要素だった。アイドルは仕事であり商売であり、女性差別だとかいう
話は的外れな議論なのだ。それを肯定し、むしろ武器として利用できるように
しないといけないのだった。
(合格……できるかな……)
 何せ、今回のオーディションの主催は、業界でもトップクラスの芸能プロダ
クションである。集まってくる女の子のレベルは他よりも数段違っていた。超
難関といっていい。
 だが、もしここのプロデューサーの目にとまることができれば、アイドルに
なるという夢は半ば成功したも同然となるのだ。



 しかも今日来ているのは、マロプロでも屈指と呼ばれている敏腕プロデュー
サーだった。彼が拾い上げたアイドルが各メディアやチャートシーンを賑わせ
ているのは、いちいち調べる必要もないほどである。
 そんなオーディションを、二次選考まで残ることができたのは、かなりの大
チャンスと言っていい。
 リナがアピールしていた時に注がれていた視線は、サングラスで遮られこそ
していたが、その全身から漂っていたオーラは、
(これが業界ナンバーワンのプロデューサーなんだ……)
と思わせるぐらいの迫力というか、存在感があった。
 その時、控え室のドアが開いた。
「あの竜胆リサさん」
「あ、は、はいっ!?」
 いきなり入ってきた若い男に突然話しかけられ、リナは素っ頓狂な声を出す
ところだった。
 よく見れば、会場でプロデューサーの横にいたAD(アシスタントディレク
ター)であった。
「あの……プロデューサーからお話があるそうでして……ちょっと別室に来て
もらえませんか?」
 鎮まりつつあった鼓動が、また一気にドクンと高まった。
(うそ──)
と脳裏に過ぎったのは一瞬で、
「は、はいっ!」
 リナは返事とともに立ち上がっていた。
(なんだろ……もしかして合格! とか?)
 それまで不安に満ちていたリナの目が、輝きに開かれる。
 心が浮き立つのを感じながら、リナはADの後について廊下を歩いていった。



 間近で見るムンクPはテレビで見るよりがっしりとした体格で、精悍そうな
顔つきをしていた。
 彼が言葉を発すると、まるで存在感の塊がぶつかってくるようで、リナは幾
度も生返事をしそうになるほどだった。
 こういうのをカリスマっていうのかな……さすがは芸能界きっての大物プロ
デューサーと言われる人だわ──と、リナは緊張の中でそう感心した。
 そんな男が、リナを気になったという。
 リナは舞い上がってしまいそうだった。
(アイドルになれるかもしれない)
 夢が現実になる……!
 そう考えただけで喉が渇いてきて、リナは勧められるままにジュースのグラ
スを手に取った。



 オーディションは関係者だけで催されており、参加者の知人でも入ることは
禁じられていたが、「危急の用事があって」と入り口の受付係を何とかだまく
らかし中に入った。
 ロビーには参加者らしき少女たちがちらほら見えたが  いない。
 ユウキはその一人をつかまえて訊ねた。
「おい、竜胆リナっていう参加者知らないか」
「え? エントリーした子なら、審査中じゃなければ控え室やここにいると思
うけど」
 そう教えられ、ロビー脇の通路に入る。
 控え室に続くドアの前は『関係者以外立ち入り禁止』という立て札で塞がっ
ていたが、構わずにまかり通った。
 楽屋を一つ一つ回り、中にいた娘たちにリナの特徴を告げて行方を訊ねると、
「ああ、その子なら確かさっき、ADに連れられてどっか行ったわよぉ」
と言う娘がいた。
「ホ  ホントか!?」
「嘘言うわけないじゃん。いいわよねぇ、個人的に呼んで貰えるなんてさー。
あーあ、私もお呼ばれしたいなぁ」
 ユウキは奥歯を噛んだ。胸のモヤモヤが色濃くなる。
 良くない予感がした。
 踵を返して出て行こうとすると、娘が逆に訊ねてきた。
「ねぇ、あんた、あの子の彼氏ぃ?」
「ただの知り合いだよ」
「ウッソー」
 ケタケタと笑う娘。あまり品がよろしそうではなかった。
「急いだ方がいいかもよぉ」
 娘は室内を見渡し、他に聞こえないようヒソヒソと耳打ちしてきた。
「……たぶんあの子、あの人に呼ばれたと思うから」
「……ムンクPってやつか?」
「……あ、なるほどねぇ」ニヤリと笑う娘。「わかってんなら、早く行きなよ」
「すまないっ!」
 ユウキは弾丸のように控え室を飛び出していった。



「う、うう……ユウキッ!」
 痺れ薬で動けないリナの白い喉から、か細い悲鳴が上がる。
 言葉をやや取り戻しても、依然身体が言うことを聞かないリナの様子に、ム
ンクの口端が歪んだ。
「さーて、最終審査といこうか」

 ムンクの指先が下の水着の隙間に入り込もうとした時──

「ダメだ……この先は……」
「うるさいな! だから知り合いって言ってるだろ!」
 廊下から大きな声が上がり、揉み合うような音が聞こえてきた。
 通せんぼしようとするADらしき男を荒っぽく壁に押しやると、ユウキはそ
の先にあった部屋に飛び入った。
 そこには──





「…………あれ?」


 ──人っ子一人いなかった。
「……え……?」
 ユウキは怪訝な目つきで部屋内を見渡した。
(おかしい……部屋の外で押し問答してる時は、確かに……人の気配がしたの
に……?)
 とりあえず、ユウキは部屋の中をうろうろと歩き回った。
 だが、ソファやテーブル、観葉植物などが応接室然として置かれた室内には、
どこにも人の影など見当たらない。
 壁にでっかい鏡が張ってある。それ以外特に目立ったものもなく、テーブル
の上にある飲みかけのジュースのグラスに水滴が浮いているのが、唯一の人の
居た証拠であった。




「き、君……」
 遅れてADが入ってきた。ユウキと同じく室内を見回し、「あれ?」といっ
た顔をする。
「おい!」ユウキはADの胸ぐらを掴んで吊り上げた。「ここに誰かいただろ!
どこにいった!?」
「ぐふっ……な、何するんだ……!?」
「答えろ!」
「し、知らない……!」慌てて首を振るAD。「俺はただ審査の邪魔が入らな
いよう……部屋の前で見張っているよう言われただけだ……!」
「ムンクってやつだよな」
「そ、そうだ」
 ADから手を離し、ユウキは、「くそっ」と舌打ちした。
 通路の奥に非常口のような扉が見えた。あるいは、そこから出て行ったのか
もしれない。
「ゴホッ、ゴホッ……何も言わずに移動するなんて当たり前さ。芸能界で一番
偉くて忙しいプロデューサーなんだから」
「そいつがリナを連れてくるよう指示したんだろ」
「あ、ああ。気に掛かったから個人的に面談したいと言ってね。……しかし居
ないってことは、もう終わったんだろう。だいたい、君は何の用があってここ
に来たんだ」
「知り合いに会いに来ちゃ悪いのかよ」
「当たり前だ!」怒りを露わにするAD。「今は、無関係者お断りのオーディ
ション中だぞ!?」
「わかった。無理に押し入ってすまなかった」
 そう言うと、ユウキはADを押し退けて部屋を出て行った。


コメント

コメントの投稿

非公開コメント

最近のトラックバック

アクセスランキング

アクセスランキング ☆ランキングの参加は、このページ
http://saeta.blog.2nt.com/
にリンクするだけです☆

ブロとも申請フォーム

お知らせ

(*´Д`)<ハァハァ・・・・・・

かんりにん:(*´Д`)<ハァハァ・・・・・・
相互リンクも大歓迎です。
気に入ったらどんどんリンクしてください。

コメント欄にでも知らせてくださると嬉しいです。

ブログ内検索

注目

ページの先頭へ戻る