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さよなら明日香 その1

 抱き合っていた裕樹と明日香は、オーナーの呼ぶ声に素早く身体を離し体制を整えた。
居酒屋のアルバイトの僅かな休憩時間、こうして二人が一緒に休みがとれた時には
オーナーや他のバイト達の目を盗み、休憩室でキスをしたり抱き合ったりしていた。

誰かにばれないかと二人はびくびくしながらも、ちょっとしたスリルを楽しんでいた。
 二人はアルバイトとしてこの居酒屋に同じ日に入店した。
アルバイトの初日、緊張していた裕樹は店の入り口の前で大きな深呼吸をすると、
意を決して自動扉の前に立った。
自動扉が開くと、客としてきた時とは違い店には客は一人もいない。
従業員らしい女性がモップで床を拭いている。
女性は裕樹に気付くと、笑顔で近付いてきて、
「君、新しくバイトで入ってきた子だよね。よろしくね」
そう言うと、こっちこっちと手招きすると、器用に椅子の間を縫って奥に入っていった。
裕樹はその後を慌ててついていく。
「君、名前なんて言うの?私は福永香織」福永さんは振り向いてそう言った。
「白石裕樹です」
「何才?」
「二十歳です」
「若いなぁ、若いっていいねー。うん。いいね」
 のちのちわかったことだが、福永さんもまだ二十歳だ。
「新しくバイトに入るの、あなたともう一人いるの。
少し前に来て中で待ってる。すごくかわいらしい子よ。
そうそう、ここのバイトに同期ではいった子達は付き合うって伝説があるのよ」
「そうですか」裕樹は緊張でそれ所ではなかった。
「あっ、信じてないな」
「いや、そんなことないです」
「じゃー、付き合う気あるんだ」
 そう言うと、福永さんはにやっと笑った。
 裕樹は何も言い返せず、苦笑いをした。


 福永さんは従業員専用扉を開けると、部屋の中にある椅子を指差して、
「もうすぐオーナーくると思うから、そこで座って待ってて、いきなり口説いちゃだめよ」
と笑いながら言うと、
「じゃあね」
と手をひらひらさせるともう片方に持ったモップを軽く突き上げ、
「よーしやるか」と言うと、又作業に取りかかった。
 裕樹は福永さんから部屋の中に目を移すと、途端に笑いが込み上げてきて、顔が崩れる。
裕樹は部屋に入り、鞄を足下に置き椅子に腰掛ける。
と、そこで始めて対面の椅子に女の子が座っていることに気付いた。
それが明日香だった。
明日香は裕樹の顔をじっと見ていた。裕樹は照れくさくなって俯く。
「福永さんっておもしろい人ですね」
 裕樹が恐る恐る明日香に目を遣ると明日香はニコニコ笑っている。
「そうですね」
「福永さんに伝説聞きました?」
「うん」
「じゃー私たち付き合う事になるのかな」
 明日香は堪えきれず笑い出す。
 裕樹は何も言えず、下手な苦笑いをしている。
「知ってます?この店開店したのって一年ぐらい前なんですよ。伝説にしては短いスパンですね」
 そう言うと、明日香はまたくすくすと笑い出す。

 そこで、オーナーが入ってきた。
「おっ、なんだか楽しそうだな」
「はい」
 明日香はそう言うと、ねっ、と裕樹に目配せをする。
「まっ、仲が良いってのはいいことだ。」
 オーナーは笑顔でうんうんと二度頷いた。
「さて本題に入るけど、見ての通りこの店はチェーン店のようにだだっ広くはないけど、
週末には結構お客さんが来るし、忙しいと思うけど、その辺は面接でも言ったから大丈夫だね」
 オーナーは二人を見て、二人が頷いたの確認すると先を続けた。
「と言っても、片意地を張らず、楽しんで仕事してくれたらいいからね。
ここのバイトの子達はみんないい子だから、なんでも聞くといいよ。
それに何かあったら僕がいるからね」
 オーナーは胸を張る。
「ここは君達を含めてバイトは9人いて、それに僕と僕の嫁さんの総勢十一人。
この人数で精一杯ってとこかな。
えっと、白石君には、主に調理場を村上さんは接客を担当してもらおうと思ってる。
今週いっぱいは慣れるように徐々に仕事を覚えていってほしい。
福永君は僕がたっぷりしごくからね」オーナーは笑顔で言った。
 二人はその日、初めての仕事に四苦八苦しながらも、充実感で一杯だった。
店の人達はみんなイイ人ばかりで、二人に接客方法や料理の下準備の仕方、
その他の雑事を丁寧に教えてくれた。
店が深夜零時に閉店すると、後片付けをすまし、その後簡単な歓迎会が催された。
奥さんが予め残しておいた料理をテーブルに並べ、
オーナーはカクテルをシャカシャカ作り出しみんなに振る舞った。
今日来ていなかった人達も数人やってきてわいわい飲んで騒いで簡単な自己紹介をすました。


 歓迎会は一時間半程で深夜と言う事もありお開きになると、
みんなほろ酔い加減で三々五々帰っていった。裕樹もオーナーと奥さんに挨拶をして店を出た。
 すると店の前に原付きを押す明日香がいた。
 
 明日香は裕樹を見ると微笑んだ。裕樹は明日香に近付き「どうしたの」と声をかけた。「今日、飲むとは思わなかったからバイクできたの、でも家近いから押して帰ろうと思って」
「店に置いていったら?オーナーに話してきてあげようか」
「ううん、いいの。ありがと。明日学校あるから、バイクで駅までいかないと行けないから」
「駅ってそこの?」裕樹は駅の方角に指をさす。店の近辺には駅がある。
「○○電車の××駅のほう。あの沿線上に学校があるんだ」
「そっか。じゃー遠いね」
 明日香は全身に力を入れると、バイクを押し始めた。
「押していってあげるよ」
 裕樹はそう言うとバイクの横に足早に近付くとバイクを押し始めた。
「いいよ。大丈夫だから」
 明日香は困った顔で言った。
 しかし、裕樹も一旦言った以上引く事も出来ず「大丈夫だから」と、強引にバイクを押した。
「ありがと」
 明日香は微笑んでそう言うと、バイク押していた手を引いて、
バイクの座席の後部に手を当てて押しはじめた。

「歓迎会では白石君と喋れなかったね」
「みんな、次々質問してきたから」
「うん。でも、みんなイイ人だね。すごい楽しかった」
「うん」
「それにオーナーの作ってくれたカクテルおいしかったね、お酒弱いんだけど結構飲んじゃった」
「大丈夫?」
「うん。大丈夫」
 街頭に照らされた明日香の頬の色はほんのりと赤らんでいる。
「福永君って大学生?」
「違うよ、フリーター。村上さんは学校て言ってたから大学生?」
「そう、二回生」
「そっか」 
「白石君って彼女いるの?」
 裕樹は驚いて明日香を見た。明日香はどうしたのと言う感じで裕樹を見つめる。
裕樹は前に向き直って答える。
「いな、いよ」
 慌てて答えたせいで、少し噛んだ。
「そうなんだ。私もいないんだ。周りの子達はみんないるんだけどね」
 話している内に明日香のアパートの前に辿り着いた。
明日香は裕樹に向かってバイバイと手を振る。裕樹も恥ずかしかったけど手を振った。


二人はそれから二か月後に付き合い出した。
どちらも互いに好意を抱いていたが、踏み出せずにいたところに、
福永さんと裕樹と明日香とで飲みに言った時に
「あなた達ホントは好きなんでしょ、付き合っちゃいなよ」と福永さんは二人に迫り、
二人はお互いの顔を見合わせて赤ら顔になると、
裕樹は意を決して「付き合おっか」と明日香に言うと、明日香は「うん」と頷いた。
福永さんは「やった。伝説の力はやっぱりすごいね、おめでとう」と言うと、
明日香を裕樹の隣の席に行かせ、二人の顔を交互に見て、幸せそうに微笑んだ。
 裕樹はその日、明日香をアパートまで送るために初めて手を繋いだ。
手を繋ぐだけでも、お互い緊張していた。
会話もないまま明日香のアパートに辿り着くと、裕樹は手を離そうとするが、
明日香は握ったまま離さない。
「白石君。さっき、酔ってなかったよね?」
 裕樹は隣にいる明日香を伺い見る。
横にいる明日香は裕樹よりひとまわり小さく裕樹を見上げている。
頬は赤らんでいて、瞳は微かに潤んでいる。その姿がとても愛おしくて、裕樹は胸が詰まる。
「酔ってなかったよ」
「じゃあ、ほんとに付き合ってくれるの?」
「うん・・・ずっと好きだった」
 明日香の瞳に溢れていた涙がこぼれ落ちる。
「私も・・・」
 裕樹は明日香を優しく抱き締めた。始めて女の子を抱き締めた。
その軟らかさに感動し、裕樹は明日香のしっとりとした髪を撫でた。
明日香は裕樹の胸で幸せを感じていた。
二人はその日お互いの気持ちが落ち着くまで抱き合い、気持ちが落ち着くと二人は優しく離れた。
「家についたらメールしてね」
「うん」
 言葉がそれ以上続かず、お互い別れるタイミングが掴めない。
すると明日香はもう一度裕樹に抱き着くと、裕樹の頬に優しくキスをした。
「じゃあね」
 明日香は裕樹から離れるとバイバイと手を振ってアパートの入り口に入った。

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