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『練習』・・・9

師走先輩とモモちゃん。
頭が真っ白になる。
『練習』している間は先輩と何もしないって言っておいたのに。
僕はこれから起こることなど見たくはなかった。
背を向けて駆け出した。
何で?どうして?
僕は混乱しながらも、気がついたら家にいた。
そのまま自分の部屋に入り、ベッドに飛び込む。
モモちゃんは先輩にどんなことをされているのだろうか。
舌を入れてキスするだろう。
裸になるだろう。
先輩のオチンチンを咥えるだろう。
体をいやらしく舐めまわされるだろう。
全部、僕がしてきたことだ。
いや。
僕がしていないこと。
先輩に、初めてを捧げること。
そこまで、しているだろう。
微かにほんの微かに残った罪悪感が僕を留めていた。
外道な僕は割り切ることができなかった。
罪悪感など完全に捨ててしまえば。
でも、もう遅い。
考えて見れば、これが正しかったのだろう。
間違っていたのは僕だ。
そこまで考え、僕は意識を手放した。


インターホンの音で目を覚ます。
僕は応対するため電話にでる。
「はい、若草です…」
死んだような声。
若草なのは当たり前だろ、と自分に突っ込む。
「シュンちゃん?」
一番聞きたくない声だ。
僕は搾り出すように声を出す。
「…何?モモちゃん?」
「あのね、プリント、持ってきたの」
プリント。
そんなものあったのか。
「うん、分かった…」
僕はよろよろと部屋を出る。
そして、玄関を出る。
「…やあ、モモちゃん」
そこにはいつものモモちゃん。


いや、いつものように見えるモモちゃん、なのかもしれない。
初めての女性は痛いというが、大丈夫なのだろうか。
「シュンちゃん、今日どうしたの?学校来ないし、携帯にも出ないし」
モモちゃんは心配そうに聞く。
携帯を見る。
確かにモモちゃんからの履歴が何回もある。
メールも着ている。
2人でHなことしながら、そんな余裕があったのか。
僕は惨めな気持ちになる。
「ちょっとね…具合が悪いんだ…」
実際、僕の声には生気がなかったのかもしれない。
モモちゃんは心配そうな表情で「大丈夫?」と聞いてきた。
「うん…もう少しで良くなると思うよ…」
弱々しく言う僕。
「本当?大丈夫?」
君の顔はもう見たくないし、声も聞きたくないよ、モモちゃん。
僕は内心を隠して、肯く。
「じゃあ、これプリントね」
と言って、モモちゃんは学級通信を渡した。
こんなもの、夏休みにもつくってたのか。
ご苦労なことだ。
「ありがとう…モモちゃん」
「シュンちゃん、明日、話したいことがあるからまた、来てね」
本当は今日にしようと思ってたけど、シュンちゃん元気ないから、とモモちゃんは続けた。
話したいこと。
何だと言うのか。
それでも僕はモモちゃんに肯いて、そのまま別れる。
モモちゃんは最後まで「気をつけてね」と心配そうな口調で僕のことを案じていた。
結局、僕は落ち込んだままその日を過ごした。
帰ってきた両親まで、「大丈夫か?」と聞かれた。
僕は曖昧に頷いて、その日をやり過ごした。
翌日になって、僕はいつもの時刻に目覚めた。
僕は着替えや食事などを済ませモモちゃんの家に向かった。
家の前に立ち、インターホンを鳴らす。
「僕だよ、モモちゃん」
「シュンちゃん?待っててね」
そう言って切れる。
僕は待っていると、ドアが開きモモちゃんが顔を出した。
「シュンちゃん、今日は大丈夫?」
「ああ、おかげさまで、大丈夫だよ」
「そう、良かった」
そう言ってモモちゃんは微笑む。
その笑顔が遠くに感じる。
「シュンちゃん…いままで『練習』に付き合ってくれてありがとうね」
笑顔のままモモちゃんが続ける。
いままで、ありがとう、か。


これからはもう、僕は要らない、と言うことか。
「それでね…」
「君はは誰だ?」
さらに続けようとするモモちゃんに後ろから声が掛かる。
僕は振り返る。
そこには師走先輩がいた。
背は僕よりも高く、落ち着いた雰囲気を持っているように見える。
顔は、僕の負け惜しみが入るかもしれないが可も無く不可も無くといったところ。
そして、モモちゃんを手に入れた人。
「師走先輩?」
僕は思わず声を出す。
先輩は自分の名前を知っていたことを驚いたような顔を浮かべる。
「君は?」
「僕は…」
「同じクラスのシ…若草君です、先輩」
モモちゃんが先輩に紹介する。
僕らは2人きりで無い時は苗字で呼び合う。
そして、同じようにモモちゃんが
「この人が師走先輩だよ」
と僕にとって分かりきったことを言う。
なぜ、先輩がここに?
「先輩はどうしてここに…?」
「君こそどうしてこんな所にいる?」
先輩に聞き返された。
質問に答えてくれてもいいじゃないか。
「僕は…長月さんに呼ばれまして、先輩の方は?」
モモちゃん、と言いそうになるのをなんとか止めて言う。
先輩は僕を無視してモモちゃんに向き合う。
「モモ、昨日のことだが」
昨日のこと。
モモちゃんと先輩がHなことをしている情景が思い浮かぶ。
「俺には納得できない」
先輩が静かに言う。
何が納得できないのだろう。
「え、それは…」
「別れよう、って何だよ?」
モモちゃんの声を遮り先輩がわずかに声を大きくして言う。
別れる?誰が?
「昨日、言ったじゃないですか…先輩」
モモちゃんが困ったように言う。
僕の心に光が差す。
これはつまり。
「別れましょう、だけで納得できると思うのか、モモは?」
モモちゃんに一歩足を詰める先輩。
困ったようにしているモモちゃん。


「長月さん、ちゃんと説明しないと先輩も分からないよ」
僕が口を挟む。
そうだ、僕も聞きたい。
先輩を振るモモちゃんの言葉を。
そして見たい。
モモちゃんに振られる先輩の姿を。
「う…うん…わかった…」
彼女は訥々と語りだす。
「私、先輩のこと好きでした」
「だったら…」
なぜ、自分と別れるんだ、とでも続きそうな感じで先輩が言う。
それを無視して続けるモモちゃん。
「先輩のこと考えると、ドキドキして幸せな気分になりました。」
「それなら…」
「でも、しないんです」
「えっ?」
虚をつかれたような表情の先輩。
「今は先輩のこと考えてもドキドキしないんです。何も感じないんです」
自分でもなぜなのかわからない、と言った感じで言葉を続けるモモちゃん。
「俺の何が悪いんだ?確かに、最近すれ違いが多かったけど…」
何も感じないと言われて衝撃を感じた様子の先輩。
それでも言葉を紡ごうとする。
僕は、喜んでいた。
目の前でモモちゃんが先輩に何も感じないと言ったことと、衝撃を受けている先輩を見て。
「先輩のせいじゃ、無いんです。ごめんなさい」
心から済まなそうに言うモモちゃん。
つまり、モモちゃんにとって、先輩との仲は終わってしまったのだろう。
「じゃあ、こいつか!?」
僕を睨み付ける先輩。
この状況から、僕が間男なのだと考えたのかもしれない。
その認識は正しく、恐らく彼が考えている以上のことを僕はした。
「お前のせいか!?」
僕に詰め寄る先輩。
僕は何も言わない。
「やっぱり、お前なんだろう!」
そう言って僕の顔を殴る先輩。
先輩が僕のしたことを知ったら、殺しても足りないだろう。
「うぐっ…」
口の中に血の味が広がる。
「シュンちゃん!?」
僕に駆け寄るモモちゃん。
そして、呆然とする先輩。
「その…すまない…」
あまり、人を殴ったりするのになれていないんだろう、僕もだけど。
手を出したことに先輩自身が動揺していた。

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