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弟の願い事 ~4~

 恵理沙は朝から機嫌が悪かった。
 秀雄が夜中の三時に自分の部屋に夜這いに来たのだ。
 彼は「心配なんだ」「不安だ」などと訳の分からないことを繰り返すばかりで話にならなかった。
 それに、まだ小さな誠司をも起こしてしまったことに秀雄は特に気にした様子もなかった。
 自分は誠司を傷つけてしまった。

 そのことを思うと恵理沙の胸は痛む。
 思わず秀雄を怒鳴りつけた時に、たまたま誠司が部屋に来てしまったのだ。
 彼はその幼い表情に涙を溜めていた。
 恵理沙を心配してきてくれたというのに。
 そうだというのに秀雄はふざけた言葉しか言わない。
 結局、恵理沙の母と秀雄の父は起きて来なかった。
 そのためこのことは話していない。
 秀雄の記憶を操作しなかったのは間違いかもしれない。
 恵理沙はそんなことを思う。
 だが、彼女にはできなかったのだ。


 秀雄の記憶を操作したら、秀雄は恵理沙と恋人同士であることも忘れてしまう。
 そうしたら、秀雄は他の女の子と付き合いだしてしまうかもしれない。
 そう思って、恵理沙は秀雄の記憶をそのままにした。
 それに、恵理沙がサンタクロースだと告白した時に秀雄は変わらずに「大好きだよ!」と言ってくれた。
 だからこそ秀雄を信じたのに。
 自分は間違っていたのだろうか。
 恵理沙はそう自問する。
 間違っていないはずだ。
 彼女は自分に言い聞かせる。
 今までも秀雄とは喧嘩したが全て仲直りした。
 だから今回も大丈夫なはずだ。
「おはよう、恵理沙お姉ちゃん」
 誠司の挨拶が恵理沙の思考を中断する。
「おはよう誠司君」
 笑顔で挨拶する。
 どうやら、誠司は大丈夫なようだ。
 彼を見ていると心が安らぐ。
 無邪気に自分を慕う少年。
 どうして、秀雄は自分の弟の素晴らしさに気づかないのだろう?
「ねえ、お姉ちゃん」
「何、誠司君?」
 誠司は恥ずかしがって「ええっと」「ううん」と言葉を探している。
 そんな誠司を恵理沙は可愛らしいと思う。
 弟とはこのような感じなのだろうか。
「キス…して」
 真っ赤になって小声で言う誠司。
 その言葉に恵理沙は一瞬驚く。
 すぐ笑顔になる。
「いいわよ」
 そう言って彼女は誠司の頬にキスをする。
 誠司はキスすると「えへへー」と嬉しそうに笑った。
 自分は誠司を傷つけてしまった。
 だから、このくらいの願いは叶えよう。
 それに一応は「恋人」なのだ。
「お姉ちゃん、大好き!」


(私もあなたのことは大好きよ)
 おそらく、誠司の「大好き」とは異なるが。
 誠司は恵理沙に抱きつく。
 彼女もまた誠司を優しく抱きしめ返す。
 仲の良い姉弟といった微笑ましい光景だった。
 恵理沙の母と秀雄の父もニコニコと見守っている。
 暖かい家族の団欒といった光景だった。
 ただ一人、秀雄を除き。
 彼は暖かい笑顔に包まれた家族の中で独り、孤独に震えていた。
(何なんだよ、どうしてあいつらだけ…)
 秀雄は苛立ちや怒り、不安など様々なものを抱えながら、一年を終えようとしていた。


--------------------------------------------------------------------------------
 吉岡秀雄にとって、昨年を思い出すと期間をクリスマスイブまでに区切るのならば、良いものであったといえる。
 だが、クリスマス以降の1週間を考えるとそれまでの358日のプラスをひっくり返してしまうほどに悪いものだった。
 始まりは何だったのか。
 恵理沙がサンタクロースだと告白したことだろうか。
 弟の誠司がサンタクロースへのお願いに「恵理沙と恋人になりたい」と願ったことだろうか。
 それとも自分が恵理沙を好きになったことだろうか。
 自問しても分からない。
 ただ、弟の願いが叶い秀雄と恵理沙が引き離され、彼女が弟の恋人になってしまったということだけは確かなようだ。
 誠司はまだ8歳なので恋人といっても何をするのか具体的なイメージなどない。
 ただ、恵理沙と少しでも長く一緒にいたいと思っていたのは確かなようではあった。
 そのために恵理沙は秀雄たちと一緒に住んでいる。
 恵理沙と同居できるのだから秀雄としても最初は喜んだが、そんなものは秀雄の思い過ごしだった。
 誠司の恋人として一緒にいるために恵理沙とキスができなくなってしまったのだ。
 恵理沙とのキス。
 最初で最後のそれはクリスマスイブだった。
 どんなものだったろう。
 ほんの1週間ほど前のことなのに思い出せない。
 同じ家に住みながら恵理沙との距離がかえって離れてしまったように秀雄には思える。
 今の秀雄は誠司と恵理沙が親密になっていくのを同じ家に住みながら見ていることしかできない。
(畜生、どうして俺がこんな目に遭わないといけないんだ)
 そして、最近は恵理沙との諍いが増えている。
 誠司のせいによる諍いだというのに恵理沙はことごとく誠司をかばうのも秀雄にとっては不満であった。
 秀雄は最も最近に起きた諍いを思い出す。


 12月31日。
 秀雄たち一家は家で正月を迎える準備をしていた。
 本来は恵理沙と共に正月を迎えるのだから秀雄は喜ぶべきところであった。
 しかし。
「恵理沙お姉ちゃん、お早う」
「お早う、誠司君」
 仲の良い姉弟の朝の挨拶に見えるだろう。
 キスさえなければ。
 誠司は挨拶とともに恵理沙に抱きつき彼女のの頬にキスをすると、恵理沙も誠司の頬にキスを返す。
 唇に触れるものではない。
 そして、いやらしさなど感じさせないあっさりとしたものだった。
 その点では秀雄の方が唇へのキスをしているので優越感に浸っていた。
 だが、朝から二人の親密な様子を見ているとイライラしてくる。
 今の自分にはできないことを目の前でされているのだ。
 二人とも笑顔でキスを交わす表情を見るたびに怒りが湧いてくる。


 おまけに自分が8歳のときには恵理沙とキスするなど夢にも思っていなかったのだ。
 誠司は8歳だというのに恵理沙とキスをしている。
(このクソガキ…!)
「早く食事をしろよ」
 どうしても言い方がつっけんどんになってしまう。
(こんなんじゃいけないんだ…こんなんじゃ)
 恵理沙から反感を買うのは分かりきっていても声に出てしまう。
 そのことに自己嫌悪を覚え、イライラが募る。
「そうカリカリするな、秀雄」
 穏やかにそう言うのは秀雄たちの父。
 父までも誠司たちの肩を持つのか。
 そう思うと世界中で自分ひとりだけになってしまったようにすら思える。


 一年の最後となる日の朝から胸が悪くなる思いをした。
 そう思っていた秀雄だったが、甘かった。
 夜、誠司と恵理沙が風呂に入っていく。
 風呂場でまた、誠司は恵理沙の胸を触っているのだろうか。
 秀雄には触らせてくれたことなどないというのに。
 それとも唇にキスをしているのだろうか。
 以前、風呂場で盗み聞きしたのがばれて以来、「もう、風呂を覗かない」と約束させられた。
 そのために秀雄は2人が風呂場で何をしているか分からない。
 分からないために妄想ばかりが広がる。
 そんなことが2人が一緒に風呂に入るたびに繰り返されるのだ。
 思春期で性的なことに興味が大いにある秀雄にとって妄想などいくらでも出てくる。
 恵理沙のの乳房は柔かいのか?
 どんな表情で恵理沙は胸を揉ませているのか?
 誠司はどんな表情で彼女の胸を揉んでいるのか?
(くそっ!)
 自身の妄想により苛立ちが募った頃に2人が出てくる。
 今日は恵理沙が誠司の頭を撫でながら、
「ちゃんと30まで数えられるようになったね」
 などと言って褒めている。
 そんなささやかな事柄も秀雄を苛つかせる。
(風呂に入っただけで何で褒められるんだ?)
 皆が風呂に入り終わり、秀雄以外の家族は年越しをのんびりと待っている。
 秀雄は神経がささくれている。
「すぅすぅ」
 誠司は深夜まで起きることができずに早々に寝てしまっているのだ。
 秀雄としては毎年のことなので別段気に留めることではなかった。
 恵理沙が誠司に膝枕をしてさえいなければ。


 柔かそうできめ細かな恵理沙の白い膝。
 風呂上りの彼女のそこに頭を乗せて誠司は安らかな表情で眠っていた。
 誠司を優しそうな表情で見下ろす恵理沙。
 彼女の膝はどんな感触なのだろう?
 極上の枕をしている誠司の安らかな表情を見るほどに秀雄の感情は泡立つ。
「おい、誠司。起きろよ」
 秀雄は誠司を揺さぶって起こす。
「ん…んん…兄ちゃん…?」
 誠司が目を開ける。
 まだ眠そうに目を擦っている。
「今年はちゃんと12時まで起きてるんだろ」
 膝枕を止めさせるためにしたことだが、あくまで弟のためだということを言っておく。
 ぼんやりとした表情で誠司は頷く。
 そして、また目を閉じようとする。
「こら、起きろよ誠司」
 頬を軽く叩いて誠司を起こす。
 これ以上、誠司が恵理沙の膝枕で寝させる訳には行かない。
「眠いなら寝させてあげればいいでしょ」
 恵理沙がやんわりとたしなめる。
「こいつは毎年起こしてくれって言ってるんだぞ」
 そのことは本当だった。
 毎年、誠司は「ちゃんと起こして」と言っていたが、秀雄はさほど熱心に起こそうとしなかった。
 だが、今年は眠らせるわけには行かない。
 恵理沙の膝枕という最高の枕を使って眠っているのだから。
「もう……誠司君、今年は最後まで起きるんでしょう?」
 優しく、優しく誠司を起こそうとする恵理沙。
 すると今回は誠司は目を開けた。
 その現金な反応に秀雄は怒りを覚える。
「うん…僕、起きる」
 未だに眠そうな表情だが、誠司は膝枕から顔を起こしていった。
 父は「偉いぞ、誠司」などと褒めているが、ふざけた話だ。
 自分が起こそうとした時は起きなかったのに恵理沙が起こしたら起きるのだから。
 冷静に「何度も起こされたのだから目を覚ましたのだ」とは今の秀雄には思えない。
 それでも、ここで文句を言っても誰も相手にしてくれないのは分かっているので秀雄は黙っていることにする。
 そのことが一層秀雄のストレスになる。
 そして新年を迎える。
「ア・ハッピーニューイヤー!」
(どこがハッピーなんだよ)
 そんなことを秀雄は思う。
 結局、今年は誠司も起きていた。
 父も恵理沙も恵理沙の母も秀雄のことを褒めている。
「大人になったんじゃないか、誠司」


「偉いわね、誠司君」
 などとたかが12時に起きていただけで皆で誠司をちやほやするのだ。
「えへへ」
 などと得意そうに笑っている誠司もまた秀雄にとっては不快なものだった。
 何と理不尽なのだろう。
 そうして、その日はお開きとなった。


 そして今は午前3時。
 思い出しだけでムカムカする。
 だが、今日は何もしないで寝るわけには行かない。
 そう思ってこの時刻まで起きていた。
 家族は皆寝静まっている。
(よし)
 秀雄は自分の部屋のドアを開ける。
(寒いな…) 
 音を立てないように静かに廊下を歩く。
 目指すは恵理沙の部屋。
 そろり、そろりと歩いていく。
 恵理沙の部屋の前まで来る。
 そして、ドアを開ける。
 キィと音がした。
 恵理沙の部屋に入る。
 部屋の中は女の子の部屋特有の甘い匂いがした。
 恵理沙は安らかな表情で眠っている。
 そして、デジタルカメラを取り出す。
 彼女の寝顔を写していく誠司。
(お前が…お前が悪いんだからな)
 最近、自分に冷たくなってきた恵理沙が悪いのだ。
 そう自分に言い聞かせながら何枚か撮影する。
 カメラをゆっくりと降ろして、恵理沙を見下ろす。
 閉じられた紅茶色の瞳。
 まだ、起きる気配はない。
(よし)
 恵理沙の毛布を引き剥がす。
「んん…」
 彼女が眉を寄せ微かに声を上げたので秀雄はビクッとする。
 だが、それだけだ。

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