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弟の願い事 ~6~

 今のうちに、ネチネチといびってうっぷんを少しでも晴らしたい。
 大人気ないと思いつつもやらずにはおれない。
 しかし、邪魔が入る。
「大丈夫よ、誠司君。あなたは良い子だって神様も分かってくれてるわ」
「本当に?」
「ええ、本当よ」
 絵里沙は暖かい笑顔を浮かべる。
 それにつられて笑みを浮かべる誠司。

「ほら、おみくじをこうやって木に結ぶのよ」
 そう言って絵里沙は自分のおみくじを結びつけた。
「うん、僕も知ってる!」
 そう言って誠司もまた木に結び付けていく。
 笑顔で見守る絵里沙。
 不快な思いを抱く秀雄。
(絵里沙と一緒に大吉を引いたと思ってたのに…何で誠司を庇うんだよ)
 絵里沙にしてみれば、凶を引いた誠司をこれ以上落ち込ませないために言っているだけである。
 しかし、秀雄には分からない。
「そうね、誠司君。お賽銭箱にお金を入れに行きましょう」
「お賽銭箱?」
 首を傾げる誠司。
 絵里沙は笑顔で頷く。
「そうよ。誠司君が今年一年間幸せになれますようにって神様にお願いするの」
「じゃあ、僕は絵里沙お姉ちゃんが幸せになれますようにってお願いするね!」
 にこやかに続く絵里沙と誠司のやり取り。
 秀雄は自身がないがしろにされているように感じた。
「ありがとう、誠司君は優しいのね。秀雄も来る?」
 絵里沙が思い出したかのように誘う。
 秀雄にはそう思えた。
 秀雄は自分がおまけ扱いされたように感じた。
「俺は…」
「誠司君のためにお願いするくらい良いでしょ」
 そう言って絵里沙は秀雄を引っ張っていく。
 賽銭箱に五円玉を入れる。
「御縁がありますようにっていう意味なのよ」
 絵里沙は誠司に五円玉を投げ入れた意味を説明する。
 彼女はそのまま手を合わせて願いを声に出す。
「誠司君が今年一年幸せになれますように」
 誠司も真似をして、五円玉を賽銭箱に投げ入れる。
「絵里沙お姉ちゃんが今年一年幸せになれますように!」
 そして、絵里沙と誠司は互いを見つめあいくすりと笑う。
 暖かい二人の空間。


 そこから弾かれた秀雄。
 秀雄を無視して二人は笑顔で語り合う。
「誠司君のおかげで私の一年は幸せになりそうね」
「僕もお姉ちゃんのおかげで一年間幸せになれるね!」
 自身ではなく互いの幸福を願う二人。
 微笑ましいやり取りも秀雄にとっては不愉快極まりないものだった。
(誠司なんか不幸になっちまえば良いんだ!)
 手を合わせながら、秀雄は必死に願った。


 帰り道。 
 手を二人で仲良くつなぐ絵里沙と誠司。
 絵里沙は秀雄にも手を繋いだらどうだ、と聞いたのだが
「そんなことできるか、ガキじゃないんだぞ」
 とすげなく断られてしまった。
 昔、と言ってもつい最近までは手を繋いでくれたのに。
 それらを含め今年は正月早々大変だった。
 絵里沙はそんなことを思った。
 秀雄に着物を褒めてもらえず落ち込み、誠司はおみくじで凶を引いてしまった。
 だけど。
「今年も良い年になりそうだね!」
 元気良言う誠司。
 誠司は凶を引いていたのに自分の幸せではなく、絵里沙の幸せを願ってくれた。
 優しい子だ。
 そう思うと絵里沙の心は暖まった。
 この子なら、幸せになれるだろう。
「そうね」
 穏やかに微笑み絵里沙。
 笑顔が彼女の着物姿をより美しくしていた。
 暖かく優しい空気が二人を包んでいた。
 それを優しく見守る秀雄の父と絵里沙の母。


 そして。
(何が大吉だ…大外れじゃないか!)
 少し後ろから鬱屈としたものを抱えながら歩く秀雄。
 大吉を引いたのに幸福からぽつんと一人引き離された少年。
 吉岡家の初詣はこうして終わりを告げた。


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 冬休みも終わろうとしているある日のこと。
「兄ちゃん、僕に何か用があるの?」
 吉岡秀雄は弟の誠二を自分の部屋に呼び出していた。
 恵里沙に邪魔されないように彼女が留守の時に呼び出したのだ。
「お前がクリスマスにしたお願いのことだけどな…」
「恵里沙お姉ちゃんと恋人になりたいっていうの?すごいよね、サンタクロースが本当に叶えてくれたんだもの!」
 興奮した様子で話す誠二。
「あれだけどな、本当に良いのか?」
「えっ?僕は全然構わないよ」
 何を言っているのだろうという様子で誠二が言う。
 そんな誠二に秀雄は苛立つ。
 誠二は秀雄を不幸にした上で、恵理沙と恋人となっているというのに。
「お前じゃない。恵里沙がだよ」
「お姉ちゃんが…?」
 誠二が不思議そうな顔をする。
「そうだよ、恵里沙がだよ」
 秀雄は続ける。
「お前は良かったかもしれないけど、恵里沙は無理矢理恋人にされたんだぜ」
 秀雄の言葉に誠二が驚いたような顔をする。
 どうやら考えたこともなかったようだ。
「でも…お姉ちゃんは僕のこと好きだって…」
 誠二としては恵里沙が自分のことを好きなのだから何の問題も無いと考えていたのだ。
「そりゃそう言うさ。あいつがサンタクロースなんだから。恵里沙はお前の願い事を叶えてやってるんだ」
「お姉ちゃんがサンタクロースだったの?」
 誠二は先ほどより驚いた顔をする。
 サンタクロースが願いを叶えたことは知っていてもそれが恵里沙だということまでは知らなかったのだ。
 それに、誠二の中でサンタクロースというのは髭を生やした太った男性というイメージがあった。
 自分が大好きな「恵里沙お姉ちゃん」がサンタクロースだとは思わなかったのだ。
 秀雄は頷く。
「そうさ、あいつはサンタクロースの仕事のためにお前と付き合ってやってたんだ」
「そうなの…?」
「でなけりゃお前みたいなお子様の相手なんかするもんか」
 誠二は俯いて黙り込んでしまった。
 構わずに秀雄は続ける。
「だから、お前は恵里沙の気持ちなんか考えずに勝手な願い事をしてたんだよ」
「で、でも」
 誠二は震えた声で言葉を発しようとする。
 だが、意味のある言葉とならない。


「お前は恵里沙の気持ちを踏みにじってたんだ」
「僕、僕…」
 誠二の瞳に涙が溜まってくる。
 泣いてごまかそうというのか。
 誠二の涙を見て秀雄の中に怒りがこみ上げてくる。 
「お前は俺の気持ちも踏みにじってたんだぞ」
「兄ちゃんの…」
 涙交じりの誠二の声。
 やはり、誠二は秀雄の気持ちなど考えたこともなかったのだ。
 でなければ呆然としたような顔はしないはずだ。
「そうだよ、恵里沙は俺の恋人なんだぞ、それをお前が奪ったんだ」
「グス、ご、ごめんね、兄ちゃん」
 泣きながら兄に謝る誠二。
 それを冷たく見下ろす秀雄。
「謝って許されるようなことじゃないな」
「ヒック、じゃあ…うう…どうすればいいの?」
 泣きはらした赤い目でこちらを見上げる誠二。
「恵里沙が帰ってきたらあいつと別れろ」
「恵里沙お姉ちゃんと…?」
「そうだよ、『お姉ちゃんの気持ちも考えずに勝手な願い事をしてごめんなさい』とでも言ってな」
「そうしたら、許してくれる…?」
 すがりつくように言う誠二。
 秀雄は寛大な様子で頷いてみせる。
「ああ、もちろんだ。ほら、泣いてないで顔を洗ってこい」
「うん」
 そう言って秀雄は誠二を洗面所に連れて行った。
 恵里沙に涙の跡を見られ、不振に思われないように。


「あのね…恵里沙お姉ちゃん…」
 家に帰ると誠二が元気の無い様子で話しかけてきた。
 いつもは元気良く自分に抱きついてくるのだが。
 何かあったのだろうか。
「どうしたの、誠二君?」
「僕ね、クリスマスに『恵里沙お姉ちゃんと恋人になりたい』ってお願いしたんだけど」
 もちろん、恵里沙は知っている。
 今現在、その彼の願いを叶えているのだから。
 そして、誠二の次の言葉で恵里沙は驚く。
「僕、お姉ちゃんの恋人にもうなりたくないんだ」
「私のこと、嫌いになったの?」
 また、秀雄が何かを言ったのだろうか。


 そう思いながら恵里沙は聞く。
「ううん、僕ね、お姉ちゃんの気持ち…全然考えてなかったんだ。恋人になりたいって思ってたの、僕だけなのに…ごめんね」
「誠二君…」
 誠二の悲しげな様子に恵里沙の胸も痛む。
 誠二は続ける。
「だからね、僕のサンタクロースへのお願いはこれでおしまいでいいよ。ありがとうね、恵里沙お姉ちゃん」
 その言葉で誠二の願いの効力は消えた。


 月日は流れ。
 恵里沙はたった今二人で婚姻届を提出し終えたところだった。。
「これで、私たちは夫婦ね」
 恵里沙は彼ににこやか笑みを浮かべながら話しかける。
「そうだな」
「それにしても、誠二君がクリスマスにあんなお願いをした時にはこんなことになるとは夢にも思わなかったわ」
 恵里沙が感慨深く言う。
「俺も、まさかこうなるとは思わなかったよ」
 彼もまたしみじみと頷く。
 そして恵里沙をじっと見つめる。  
 熱っぽく彼女を求める瞳。
「恵里沙…」
 恵里沙もまた、彼に視線を返す。
「愛してるわ…誠二君」


 秀雄は自室で自分の何がいけなかったのか、恐らく何千回とした問いを再びしていた。
 様々な要因があったのは間違いない。
 しかし、最終的に原因を求めるならば一つだろう。
 誠二が自分の願い事を諦めた直後に記憶は戻る。
 
 誠二から話を聞いた秀雄は早速恵里沙の部屋へ行った。
 すると、そこはもぬけの空だった。
 そのことで、誠二の願いは終わったのだと確信を抱いた秀雄は恵里沙が住んでいた家へ一目散に駆けていった。
 果たして恵里沙はそこにいた。
 彼女の部屋に恵里沙は戻り日常が回復したのだ。
 喜び勇んだ秀雄は恵里沙とキスをして。
 彼女を押し倒した。
 一月にも満たない期間だったが、秀雄にとっては地獄の日々だった。

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