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喪失 1

 とある屋敷の一室。
 そこには少年と少女がいた。
「ねぇ、アンドレ…私ね」
 少年の耳元で金色の髪の少女が囁く。

 少女の瞳は青く澄み渡り、白い肌はどのような名工にも作りだせない白さがあった。
 アンドレと呼ばれた少年は間近にある美しい顔と
 彼女の甘い吐息に顔を赤くしながら、少女の紡ぐ言葉に耳を傾ける。
「私ね…あなたのことが好きよ…」
 大切な秘密を打ち明けるように、密やかに囁く。
 アンドレの心臓が跳ねる。
 アンドレの様子を面白そうに見つめながら少女は言葉を続ける。
「あなたは…私のこと、好き?」
 その言葉に少年は急いで頷いた。
 何度も繰り返された少年と少女のやり取り。
 甘く、幸福なひととき。
「はい、俺も…お嬢様のこと、好きです」
 その言葉に少女が嬉しそうに目を細める。
「本当に?私のこと、一番好き?」
「はい、もちろんです。レジーナ様を、愛しています」
 少女―レジーナはそっと目を閉じる。
 アンドレはレジーナの唇に視線を注ぐ。
 少年は少女にゆっくりと顔を近づけていき――
 その瑞々しい唇に自身のそれを重ねた。
 暖かいものがアンドレを満たしていく。




 アンドレは親の顔を知らない。
 彼は浮浪児として町で物乞いをしていた。
 彼の運命が変わったのは雪の降る寒い夜のことだった。
 アンドレは寒さと飢えで町の隅で行き倒れていたところを5歳だったレジーナに発見された。
 彼女がわがままを言ってアンドレを屋敷に連れていかなければアンドレはそこで人生を
 終えていたかもしれない。
 しかし、そうはならずアンドレは助けられた。
 レジーナは貴族の娘であった。
 そのため、アンドレは暖かい寝床と食事を与えられ命を繋ぐことができた。
 体調が回復してもレジーナは「私が看病したから、私のもの!」と言って
 アンドレを手放そうとしなかった。
 彼女の両親は困惑したが、彼らは愛娘を目に入れても痛くないほど可愛がっていたので
 少女のわがままを認めた。
 それから、少年はバクスター家の小姓として屋敷に居場所を与えられた。


 そうして、いつしか少年と少女は愛し合うようになった。



「ん……ん」
 互いの唇を味わっていた二人だが、やがて顔を離す。
「ふふっ…お父様に見つかったら、あなた…殺されてしまうわねアンドレ」
 悪戯っぽくレジーナは笑う。
 アンドレがレジーナの屋敷に暮らしてから3年が過ぎたころ、レジーナの母が死んだ。
 それまでも、浮浪児に過ぎなかったアンドレをよく思っていなかったレジーナの父ブランドンだったが、
 それ以降はアンドレにさらに苛烈に当たるようになった。
 冗談のようにレジーナは言っているが、二人の関係がブランドンに見つかったら
 それこそアンドレは殺されてしまうかもしれないと思っていた。
「お嬢様…」
 アンドレはレジーナを強く抱きしめてそのぬくもりを己がものとした。
 そうすることで不安が去るものと信じているかのように。




 そんな二人の日常に、変化が訪れた。
 レジーナの父が病のために倒れたのだ。
 彼が病に倒れてからの変化は劇的なものだった。
 ブランドンは虚飾を好み、借金をしていたのだ。
 屋敷には借金取りが毎日のように訪れるようになり、
 使用人も次々といなくなった。
 借金とりへの対応と、病に倒れた父の看病。
 レジーナの母は5年前に他界しており、多くの負担が彼女を
 押しつぶそうとしていた。
 アンドレはそんな彼女に対して、彼女の父の看護を手伝うしか
 できることがなかった。




 そして、ある日のこと。
 屋敷に来客を告げる呼び鈴が鳴り、アンドレは対応にでるために扉に向かった。
 いつも来ている荒っぽい雰囲気の借金取りかと思ったが、今回は様子が違った。
「私はフレッド・ブラックというものです」
 男は穏やかな物腰で、仕立ての良い服を着込んでいた。
「ブランドン・バクスター卿にお会いしたいのですが」
 柔らかい笑みを浮かべながら要件を述べた。
「生憎ですが、お館様は…」
「病気で会えない?」



 男は、断わりを入れようとするアンドレを遮って言う。
 病気で倒れてから、歩き回ることはできなくなっているが、ブランドンは
 怒りっぽくなり周囲に――主にアンドレに――辺り散らすようになっていた。
 男が何の用で来たのかは知れないが、今のブランドンに会わせても彼の機嫌は悪くなるだろう。
「お引き取り下さい」
「私は、貴家の窮状を救えるかもしれないのだが…どうだろう?」
 そのことに、アンドレはためらった。
「…少々お待ちください。」
「ふむ、では待たせてもらうとしよう」




 男を客間に案内して、アンドレはレジーナに相談に行った。
「お嬢様…お館様に来客なのですが」
「まあ…お引き取り願えないのかしら?」
 困惑したような表情を浮かべるレジーナ。
 彼女も父を客人に会わせることは良いことではないと思っているのだろう。
「それが…バクスター家の窮状を救えるかもしれないと」
「本当に?……いいわ、私がお会いしましょう」
 レジーナがそう言うのでアンドレは客人の元へ案内した。




 アンドレは、バクスター家に仕える身に過ぎないので
 レジーナを案内を終えてから二人がどんな話をしたかを知ることができない。
 ただ、やきもきとしながら二人の話が終わるのを待つしかなかった。
 やがて、二人の話が終わったのか男は帰って行った。
「…窮状を救うとは、どのようなお話だったのでしょう」
 アンドレの質問に、レジーナは困惑の表情で答えた。
「お父様は本日お会いできないと伝えたら、これを渡して
『次回、また伺いますのでその際に男爵閣下とお話をさせて頂きたい』と言って…」
 そう言ってレジーナは手の中にある小切手を見せた。
「これは…」
 そこに書かれていた額はバクスター家の借金の一割ほどの額だった。
 そんな額の小切手をぽんと渡して、男は去っていったのだ。
 何が目的なのだろう。
「…私もよくわからないの、でも」
 レジーナはためらうように続けた。
「とにかくお父様にお話しするわ」



 レジーナがブランドンに来客があったことを話すとめずらしく、彼は上機嫌だったという。
 最初、来客があったということを伝えた時は、不快そうな表情を浮かべたブランドンだったが、
 男から小切手を渡され、次回はブランドンに会いたい、と言う話になるとたちまち嬉しそうな表情に
 変わったのだそうだ。
「次、来た時は自分が会う、とお父様はおっしゃったわ」
 レジーナは父のように素直には喜べずに不安そうに言った。
「私たち、どうなってしまうのかしら?」
 レジーナの不安と疑問に答えるすべをアンドレは持っていなかった。 




それから数日して、男はやってきた。
 今回はブランドンから、自分の元に連れてくるようにと言われていたので
 アンドレはその指示に従った。
「ブランドン様がお待ちしております」
 アンドレは男をブランドンの部屋の前に連れてきた。
「どうぞ、こちらへ」
 そして、男を部屋に入れる。
 アンドレは男をブランドンの部屋に入れた後、その場で待っていた。。
 男がブランドンと二人で話をしたいと言ったので、二人が何を話しているのか見当もつかない。
(一体何を話しているのだろう)
 しばらくして、扉が開き、男とブランドンが部屋から出てきた。
 ブランドンは珍しくにこにこと笑顔を浮かべ男と話し込んでいる。
 アンドレは上機嫌な様子のブランドンに不信を覚えながら、主の言葉を待つ。
「お客人を客室にお通ししろ。それから、レジーナにフレッド殿から話があるから呼んで来い」
 言い放つとブランドンはそのまま部屋に戻った。
 アンドレはそのままレジーナを呼び、客室に二人を連れていった。
「どうぞ」
 アンドレは二人を客室に入れるとそのまま部屋に戻った。
 今日は不思議な日だな、と思いながら。




 その後も男は何度もバクスター家に立ち寄るようになった。
 男のことが気になり、アンドレは屋根裏からこっそり盗み聞きをすることにした。
「……」
「………」
 声が聞こえるように耳を澄ます。
「……フレッド殿には助けられてばかりになりますな」
 卑屈な声が聞こえてくる。
 ブランドンの声であった。
 落ち着いた声がそれに応える。



「未来の義父上となるのですから、当然のことをしたまでです」
(なんだって!?)
 アンドレの驚愕を余所に二人の話は続く。
「…本当に我が家の借金を全て肩代わりしてれるのでしょうな?」
「もちろんですとも」
 二人の会話はまだ続いていたが、アンドレは急いレジーナの部屋へ向かった。




「お嬢様!」
 自分の居室にいたレジーナを捕まえるとアンドレは事情を話した。
 アンドレの説明を聞いてもレジーナは驚きは見せずに悲しそうに微笑むだけであった。
「…知っていたわ」
「お嬢様!?」
「ねぇ、アンドレ…あなたも知っている通り我が家には借金がたくさんあるの。
 とても返せないような額だけど、それをあの方が肩代わりしてくださるというの…」
「そんなのって!」
 借金も、派手好きなブランドンが重ねていったもので、レジーナには何の関係もない。
 自分の借金を娘を売ることで凌ごうとしているだけではないか。
 レジーナと自分は身分の差で結ばれないだろうことは分かっていた。
 それでも、今まではなるべく考えないようにしていたのた。
「お嬢様、私と一緒に逃げましょう」
「えっ?」
 驚いた表情を見せるレジーナ。
「あんな男と結婚しないで、私と逃げてください、お嬢様」
 不安そうに瞳を揺らすレジーナ。
「そんな、でも…んっ」
 言葉を紡がせないようにレジーナの唇を自らの唇でふさぐ。
 あるいは溢れそうになるアンドレ自身の不安を隠そうとしていたのかもしれない。
「愛しています、お嬢様…私はあなたといつまでも一緒にいたい」
「アンドレ…」




 レジーナとフレッドの結婚式の一週間前。
 闇が辺りを包み、あらゆるものが眠りにつくころ。
 二人は駆け落ちを決行した。
「お嬢様…」
「アンドレ…」
 声をひそめて屋敷をでる。
 近くの森に馬車を隠してあるので、そこまで歩いてそこから逃避行を始める。



 だが、しかし。
「そこまでだね」
 冷やかな声が二人に降りかかる。
 そこには、フレッドやブランドンをはじめ、屋敷の者がいた。
 二人はすでに取り囲まれていたのだ。
「…そんな…」
「こ、この恩知らずが!拾ってやった恩を忘れて、殺してやる!」
 杖をついて喚きながら、よたよたとブランドンが二人に近づく。
「この、このっ!」
「うぐっ、うう」
 バシッ、バシッ、と杖でアンドレを殴る。
「止めて!」
 堪り兼ねてレジーナがアンドレをかばおうとする。
「キサマッ、父に逆らうのか!?」
 ブランドンはレジーナを睨みつけて杖を振り上げる。
「ブランドン殿」
 フレッドが制止する。
 ブランドンはしぶしぶ杖を降ろして、呼吸を整える。
「はぁ、はぁ…くそっ!この屑を地下室へ連れて行け!」
 ガッ。
 アンドレをとらえていた男の背後からの一撃でアンドレの意識は飛んだ。




 それから、アンドレは屋敷の地下室に閉じ込められたまま日々を送った。
 定期的に運ばれる食事と汚物を始末しにくる屋敷の召使だけが、彼に時の流れを感じさせた。
 髭は伸び、異臭が漂うにまかせることしかできなかった。
 夢と現の区別がつかずに時間だけが流れたある日。
「……」
 その日もぼんやりと闇を見つめながら、アンドレはただ時間が流れるにまかせていた。
 やがて、食事を届けに来たのか、足音が近づいてくる。
 ギィと音を開けて、入ってきたのはしかし、いつもの召使ではなかった。
「アンドレッ…!」
 声をする側に顔を向けると、そこにはランプを手にしたレジーナがいた。
「…ぅ……ぁ…」
 アンドレは久しぶりに喉を動かそうとしたが、声が出ない。
「ああ…アンドレ……!」
 ランプに照らし出されたアンドレを見て髪を振り乱し悲痛な表情を浮かべ、抱きしめる。
 レジーナの温もりがアンドレを現実に引き戻す。
「私…ああ…アンドレ…ごめんなさい…」
 泣きじゃくるレジーナを抱きしめようとするが、鎖が邪魔をする。



 そのことに気づいたのか、レジーナは懐から鍵束を取り出して鎖の鍵をはずす。
 そして、水を渡す。
「…レ…レジ…ーナ…様…」
 水を飲み、何とか声を絞り出す。
「アンドレ…アンドレ…あなただけでも逃げて…」
「……!?」
 一人で逃げろという言葉に衝撃を受けながらも声を出す。
「…いっ…しょに…逃…げましょう…」
 アンドレの言葉に、レジーナは苦悩と悲しみが浮かぶ。
 何故、そんな顔をする?
 愛していると誓った言葉は嘘だったのか?
 混乱するアンドレにレジーナは言葉をかける。
「ごめんなさい…」
 それは、拒絶の言葉。
 監禁生活に疲弊したアンドレを打ちのめす言葉であった。
「なぜ…」
 彼の叫びは、声としては、囁きにもならないものだった。
 レジーナは自らの腹部に手を当てながら、唇を開いた。
「私ね…赤ちゃんがいるの」
「…!」
 あかちゃん。
 あの男に犯され、孕まされたというのか。
 レジーナの腹部には妊娠の兆候は見られなかったが、アンドレは凝視した。
 そうすることで、全てがやり直せるかのように。
 衝撃にアンドレの世界がゆっくりとひび割れていく。
 涙を浮かべながらレジーナは話す。
「あなたと二人ならばどこまでも行ける…でも、もう…ごめんなさい…」
 アンドレの全身から力が抜け、絶望がゆっくりと満たしていく。
「だから、私は…あなたと……行けない」
 アンドレは、壊れた。

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