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恋愛成就の呪い(1)

「うぉ~い、みんなぁ。撤収、撤収~!」
現場監督の野太い声がだだっ広いホールに響き渡る。
今日の仕事が終わったのだ。
やれやれと言いながら、皆撤収作業にかかり出す。
その中で、唯一人、黙々と作業を続ける者がいた。

「おい兄ちゃん、今日はもう上がれや」
「え… あ、もう終わりですか」
現場監督に声をかけられ、ようやく彼は仕事の終了を悟った。
「熱心なのはいいが、あんま頑張りすぎんなよ。まだ先は長いんだしよ」
「はい、すみません。御心配おかけして」
「ま、お前は学生バイトの中でも珍しく真面目だからな。ちょっとイロつけといてやったぜ」
そう言って、今日のバイト料を渡す現場主任。
中を確認すると確かに少し多かったらしく、彼は現場監督に深々と頭を下げた。
それこそ現場監督が恐縮するほどに。
「監督っ…ありがとうございます!」
「よせやい。カネ…要るんだろ? ま、色々あるわなぁ」
知ったかのような口ぶりが少し癇に障ったが、彼は気にしないことにした。
ここでのバイト料の進退(些少ではあるが…)は、目の前のこの男が握っているからだ。


撤収作業を終え、現場を後にした彼は、ビルの影ですぐさま財布の中身と今日の収入とを計算し出す。
「食事代は…昨日買ったハンバーガーの残りでOK。風呂は…流しで済ます。で、洗濯も…流しでいいや」
そう呟き、彼は財布をしまった。
彼はこの日、朝から1円も使っていない。いや、半年前から彼はあらゆる出費を抑えて生活していた。

<彼の、とある一日の出費サンプル>
・朝…買い置きの卵2個を丸飲みで朝食。2個なんて、ちょっと贅沢な気分。
・昼…昼食はゆで玉子を持参。仕出し弁当はバイト料から引かれるので手をつけない。
バイト間、喉が乾いたら勿論水道水で済ます。ジュースや缶コーヒーなどは一切見向きもせず。
・夜…アパート内で栽培しているキャベツをゆがいて食べる。尾篭な話ではあるが肥料は自前。
風呂は流しで済ませ、さっさと寝る。無駄な電気は使いたくない。

…という具合だ。だが、今日はそうではなかった。
彼は、財布の中身と今日のバイト代の、合わせて2万3千円を使う気でいた。
今月の返済金額の5万円、家賃、その他諸々の経費を差し引き、
残り自由に出来る金が、遂に目標の2万3千円を突破した。
彼が待ちに待った、「恋人」に会える日が遂に来たのだ。
「よし…! 行くぞ!!」
彼は落とさぬよう、財布を服の中に抱き、夜の街に駆けて行った。愛しい恋人のもとへ…

「なあ、知ってるか?」
昼休みが終わり、まったり気分に浸っていた智樹に悪友の真二が話しかけてきた。
「何だよ騒々しい。せっかくアンニュイな気分に浸ってたのに」
「アンニュイの意味知ってんのかよ… それよりも智樹、お前知ってるか?」
「どうせ真二のことだ。好きな娘と仲良くなれるまじないのことだろ?」
100%の確信で看破する智樹。そして図星とばかりに驚く真二。いつもの平和な放課後の風景だった。
「畜生…何故こうもあっさりと」
「お前最近そんなのばっかだからな… 女子でも今時そんなの信じないぞ」
「今度はマジだって! ちゃんとこ・こ・に・証拠があるんだからな」
親指を三回胸に付きたて、自慢げな真二。智樹はわざと聞こえるように大きく溜息をついた。
智樹と真二は入学以来の腐れ縁だが、智樹は真二の「恋愛成就のまじないネタ」に正直辟易している。
その理由はネタが100%完璧にガセだったからなのは、以下の二人の寂しい会話から察するに難くない。
「ほぉ~証拠~? じゃあ、見せてみろよ」
「おう、ちょっと待ってろよ…」
おもむろに携帯を取り出し、真二はどこかに電話する「フリ」をする。これもいつものやり取りだ。
①真二、ネタフリ。
②智樹、証拠を要求。
③真二、電話する「フリ」をする。
「④そしてお前は『○○子は来れない。何故なら唐突に別れてくれといいやがったからだ。
俺は涙を飲んで同時にその申し出も飲んだ。さぁ親友よ、傷心の俺にラーメンでも奢ってくれぇ』と言う!」
ドッギャア~ンッ!!という脳内効果音にのせて、智樹が人差し指を真二に向けた、しかし…
「放課後、会わせっからよ」
彼はあっさりと電話を仕舞った。智樹の指が相手を失い、宙を泳ぐ。
「まじ、で?」
午後の授業の開始を告げるチャイムが鳴った。


そして放課後。智樹は指定された校舎裏で、真二とその彼女が来るのを待っていた。
「遅いな…」
智樹は初めは半信半疑だった。5限目の休み時間には真二が何らかの言い訳をしてくるだろう、と。
しかし、真二は来なかった。悠然と自分の席で居眠りしていたのだ。
「…本当にマジネタか? …いや、馬鹿馬鹿しい。まじないで彼女が出来りゃ苦労無いっての」
と自分に言い聞かせるも、智樹はどこか落ち着かない。それには理由があった…
「待たせたな、智樹っ!」
「うおっ!?」
いきなり声をかけられ、智樹は仰け反った。
「お、驚かすんじゃねーよ! 真…」
一瞬、智樹は目を疑った。
真二の隣にいる女子は…校内人気No.1とまで言われる美少女、御美奈裕子その人だった…
「紹介するよ。 ま、その…か、彼女の裕子だ。有名だから知ってんだろ?」
照れまくる真二。とても芝居には見えない。彼女いない暦=年齢だった真二なら当然のリアクションと言えよう。
「照れないでちゃんと紹介してよ。 …こっちが恥ずかしくなるじゃない」
ぷぅ、と頬を膨らませ、御美奈が肘で真二を小突く。どう見ても恋人同士のやりとりだ。
「えと、永沢智樹君よね? 初めまして、真二クンの彼女の御美奈裕子です」
礼儀正しい挨拶。彼氏の親友に対しての挨拶。それでも智樹は完全には信じられなかった。
「…マジで?どうも嘘臭いんだけど」
端から見れば失礼極まりない台詞だが、真二のガセネタに散々騙されて来た実績が智樹の口を滑らせた。
「ぐすっ…」
瞬間、予想外の出来事が起きた。
「そう…ですよね。わ、私なんか…真二クンにふさわしく…ひっく…ないですよね…」
(な…泣いてる? 人気No.1が? 真二の彼女にふさわしくないと泣いてる?)
事態を理解できないでいる智樹の顔面に、真二の右ストレートが炸裂した。


泣きじゃくる御美奈と激怒する真二の両方に平謝りし、智樹は何とかその場を収めた。
そして御美奈を帰した後、真二が戻ってきた。
「殴ったりして悪かったな。あの場はああでもしないとまずかったろうし」
意外なことに真二は智樹に謝ってきた。どういうことか智樹には理解できない。
「これで、わかったろ?効果てきめんだぜ」
言われてはっとなる智樹。
「これが…まじないの力?」
「ああ。御美奈はちょっとした実験。俺も本当に効くとは思わなかったよ」
どうやら真二も半信半疑だったらしい。つまり今回ばかりはマジネタ。正真正銘、恋愛成就の呪い(まじない)!
「俺と同じく彼女いない暦=年齢の、かつ親友のお前にだけ教えよう。その呪いの方法を…」

家に帰った後も、智樹は騙されたような、それでいて違うような、複雑な心境だった。
「呪い、か…」
それは至って単純だった。


『学校の裏山のある場所にある古井戸に、相手と自分の名前を紙に書き、深夜2時から3時の間に投げ入れる』

限りなく嘘臭いが、それ以外、突然発生した真二と御美奈の関係を説明出来ない。
何故なら、御美奈には既に恋人がいたからだ。
テニス部部長の立脇志信。文武両道の美男子で、御美奈とはだれもが羨むほどの熱々っぷりだとか。
真二の話によると、昨日も立脇と御美奈は一緒に下校していたらしい。
悶々とした気持ちでベッドをのた打ち回る智樹。どれ位経っただろうか?ふと時計を見やる。
「2時…」
あと一時間。一時間経てば、呪いが、願いを聞き入れる時間になる…
一瞬、起き上がろうとする。しかしまた横になる。
幾度も、幾度も繰り返す。そうこうしている間に時計は3時を過ぎてしまっていた。
「呪いなんかに頼って恋人ができても…そんなの本当の恋愛なんかじゃない!」
智樹は自分にそう言い聞かせ、布団を被った。彼女いない暦=年齢の童貞野郎の、哀しくも男らしいプライド。
しかしそのプライドも、さほど待たずに崩れ去る運命にあるのを、まだ彼は知らなかった。


翌日、智樹はいつもより早くに家を出た。
例の呪い(まじない)の真偽を、真二達以外の視点から確認するためである。
早朝の学校。この時間にいる生徒の殆どは、部活動に従事している者たちだ。
智樹が目指すは校舎の東側にあるテニスコート。そこには…
ぱっこん、ぱこーん…
うすら乾いた、力無く響くラケットの音。テニス部長の立脇志信がの姿があったた。
死んだ魚のような目で、壁ラリーを壊れた玩具のように繰り返す。
ぱっこん、ぱこーん…
在りし日の精悍な人物像は見る影無く、憐憫からか畏怖からか、他の部員は近寄ろうともしない。
「…御美奈祐子にフラれたのは本当みたいだな」
立脇の姿を確認した智樹は、足早にテニスコートを去った。

その日からの真二と御美奈祐子のラブラブっぷりは正に異常なもので。
朝は腕を組んでの登校。御美奈は豊満な胸を、これでもかとばかりに真二の腕に擦りつける。
休み時間、2つ隣りのクラスから、御美奈は毎時間飽きもせずに真二に会いに来た。
昼は御美奈の手作り弁当。中身はこれまた恥かしくなるようなケチャップの文字が。
ちなみに今日の文字は『真クンだ~い好き(はぁと)』だったりする。「はい、あ~ん」もお約束。
放課後は当然の如く二人一緒に下校。下校途中の短いデートを、御美奈は凄く楽しみにしているらしい(真二談)

そんな真二達を見ているうちに、智樹の中で「呪いを試したい」と言う気持ちが段々と膨らんでいった。
そしてその日の夜の真二の電話。
「智樹。お、俺、御美奈と…寝た…寝たぁ!」
親友に先を越された悔しさもあってか、遂にその気持ちは臨界点を突破した。
智樹は行動を開始する。愛しいあの娘と、両思いになるために…


香坂由香里。学園陸上部の紅一点マネージャー。そして智樹のクラスメイト。
身長142cmの、とても小さく、一見地味で目立たない印象の彼女だが、
その人気は密かに絶大で、あの御美奈祐子と双璧をなすとすら一部関係者間では囁かれている。
明朗快活、いつも前向きでひたむきな彼女。その声援を受けてか今年の陸上部は強かった。
彼女が入学するまでは、万年二回戦敗退だったにも関わらず、今年はインターハイにも迫る勢いだ。
陸上部の、いや学園の皆に愛される、そんな彼女こそが…智樹の片思いの相手だった。

その日の放課後、学園前の坂道をとぼとぼと帰る智樹の前から、陸上部の一団が駆け上がって来る。
ランニングの途中だったのだろう。帰宅部の智樹とは、ちょうどすれ違う形となった。
智樹の脇を通り抜け、校庭に向かう陸上部の一団。その後ろに続いて、彼女は自転車でやって来た。
「ファイトっ、ファイト~っ!」
聞く者全てを元気づけるその声援。さらさらのショートヘアーが風に乗せて運ぶ、花のようないい匂い。
智樹とすれ違う瞬間、
「永沢君、また明日ね!」
と挨拶し、香坂由香里は一団と共に去っていった。
それは智樹にとって「永沢君、おはよう!」に続く、本日二回目の会話(?)だった。
そんな関係も、今日で終わる。


午前1時30分。仕掛けておいた携帯電話のバイブレーションで智樹は目覚めた。
コートを羽織り、こっそり家を出る。目指すは…裏山の古井戸。
人通りの無い通学路を智樹は駆ける。歩いても十分間に合う距離だが、焦燥感が歩くのを許さない。
「…誰かに先を越されてないだろうな」
何だかんだで呪い実行までに都合一週間も悩んだことを、智樹はすっかり忘れていた。
校門をよじ登り、体育館横を抜け、裏山へ。
真二に貰った地図を頼りに、遂に智樹は件の古井戸に辿り着いた。
「これか…何だか不気味だな…」
雑草に包まれた、全く手入れの成されていない石造りの古井戸。苔生した板で疎らに蓋がされており、
いつ貞○とかが出てきてもおかしくないシチュエーションだった。
「呪われたり…しないよな?」
智樹は小心者だった。場の恐ろしげな雰囲気にも半分呑まれているご様子。
だが智樹は意を決して、ポケットからメモ用紙を取り出した。

『この井戸は、叶わぬ恋に世を儚んだ夜鷹が身を投げたといわれている。
その夜鷹の霊魂が、自分の代わりに幸せになってほしいと、恋の橋渡しをしてくれるんだ』

(ビビるな。今は真二の言葉を信じるしかない)

・永沢智樹
・香坂由香里

二人の名前が書かれたメモ用紙。契約の証。智樹はそれを井戸の蓋の隙間にそっと差し入れた。
メモ用紙はあっという間に井戸の底目掛けて消えていく。
「これで…明日から…全てが変わる…のか?」
淡い期待を胸に、智樹は裏山を後にした。


今日は香坂由香里が自分のものになる、運命の日。
朝から永沢智樹は落ち着かないでいた。
(もう呪いは効いているのか?既に香坂由香里は俺の彼女なのか?)
このことで頭が一杯なのである。
しかし、当の香坂由香里はいつもと変わらなく、女子の友達と談笑したりしている。
次の休憩時間も、その次も、昼休みも、全く智樹の方にはやってこない。見向きもしない。
そして最後のホームルームが始まる。あっさりと終了。何事も無く放課後とあいなった。
皆がだらだらと帰り出す中、智樹は席を立とうとしない。
全員帰った後に香坂が現れるのを期待しての行動だったが、それも徒労に終わる。
「結局…ガセかよ…」
力なく、智樹は帰り支度を始めた…

とぼとぼと家路を行く智樹。真二はいつの間にか御美奈と帰ってしまっていたようだ。
「明日、真二の奴をシメてやる… 結局あいつは恋人を自慢したかっただけなんだ!」
とりあえず真二への怒りで、今日は何とか鬱にならないで済みそうだ。
そんな事を考えながら、家の前まで来た智樹は、そこに信じられない光景を見た。

香坂由香里が
俺の家の前にいる。

あ、目が合った。
顔を真っ赤にしながらも微笑む。可愛い。

駆けてきた。どこへ?俺に向かって!?
目の前15cm
香坂由香里がいる。可愛い。
初めての距離。初めての瞳。そして…

「あなたの事が、ずっと好きでした」

初めての告白。智樹の人生の春が、今始まった。



走る。走る。走る。
女子生徒が走る。
教室から。
廊下から。
女子トイレから。
その好奇心を満たすために。

走る。走る。走る。
男子生徒が走る。
教室から。
廊下から。
自販機前から。
この現実を直視するために。

皆が目指すはグラウンド。そこが約束の地であった。

いつもの朝の登校風景。生徒たちが行き交い、挨拶を交わし、そして自分の教室へと消えていく。
しかしこの日は違っていた。グラウンド中心には、全学年から集まった夥しい数の生徒達。
その全員が、ある一点を凝視している。
校門前。
モーゼの十戒さながらに、人並みが二つに割れる。
全ての原因、元凶が、そこにいた。

高田真二が、御美奈裕子と一緒に登校してきている。
始めの頃のベタベタとは違い、御美奈は真二の腕に軽くよりそう感じで、余裕すら漂わせている。
これには皆流石に慣れてきていた。問題はその隣である。
永沢智樹が、香坂由香里と一緒に登校してきている。
緊張の余りロボットのような歩みの智樹。その腕を、香坂が両腕でガッチリとホールドしている。
平凡極まりない野郎二人が、校内人気を二分する美少女二人を従えて登校しているのだ。
女子生徒は呆然とし、ひそひそと何か言い合っている。
男子生徒は悲痛の涙を流し、野郎二人に呪詛の言葉を投擲している。
サッカー部員は、何故か順番にゴールポストに頭を叩きつけて、酩酊の後保健室へ。
野球部員は、皆一列に並び一糸乱れぬ素振りを泣きながらリフレイン。
水泳部員は、うなだれて死期を悟ったレミングスの動きで順番にプールに入水している。
そして陸上部員に至っては、皆ショックの余り塩の柱となっていた(誇張表現)
「そろそろみんな騒がなくなったと思ってたのに、今日は前にも増して酷くない?」
御美奈が鬱陶しそうに群集を一瞥し、溜息まじりに呟く。
「今日は俺達だけじゃないからな」
そう言って真二は隣の智樹達を見やる。
「…お前等、見てるこっちが恥ずかしいんだけど」
「んな事言われても…」
しどろもどろの智樹。香坂が密着するその感触に、全身を支配されてしまっているのだ。
「あ、あのさ香坂さん。もう少し離れて歩いてくれると嬉しいんだけど、なー…」
遠慮がちな智樹の申し出に、香坂由香里は涙目になってさらに体をすり寄せる。
「ち、ちょっとあのっ…」
「…嫌」
「え?」
「やだ… やっと…やっと捕まえたんだもん。離したくないっ」
学園のアイドルが放った強烈な一撃。その甘美な衝撃に、智樹はよろめいた。
群集が、更なる音量で吼えた。


昼休み。智樹達は互いに席を並べて昼食を開始した。
女の子二人は、愛しい彼氏の為に作ってきた弁当を手渡しご満悦の様子。
「はい、あ~ん」
「あぁ~~んむ」
緒美奈が慣れた手つきで弁当を真二の口へと運ぶ。
そしてその度に真二は料理の味を褒めちぎる。
見ていてジタバタしたくなるような光景だが、当の本人たちはお構いなしだ。
一方、香坂が智樹の為に用意した弁当は巨大な手作りクラブサンド。
流石にこれでは自らかぶりつくしかない。
ないはずなのだが…
「な、永沢クン。…あ~ん」
大きなクラブサンドを鷲掴みし、智樹の口にあてがう香坂。
思いがけない香坂の強引さに、智樹はたじろいだ。
「…ちょっとこれは無理があるんじゃ…」
もっともな意見なのだが、お隣りさんに触発されている香坂は届かなかった。
「あ~ん、して欲しいな…」
うるうる顔の香坂。よほどあれがやってみたいらしい。
智樹は観念してクラブサンドにかぶりついた。
ブレッドを軽くいなす。
マスタード如きで我が軍の進撃を止められると思うな。
チーズ第一防衛線、一瞬にして突破。
五枚のレタス特殊防壁も愛の前では紙屑同然。
だが敵の総本部たるハンバーグ前を守護するのは、無敗を誇る親衛部隊だ。
智樹は真正面から組み挑む。
だが噛み切れず、あえなく敗退。
輪切りのトマトが、ぼととっ、と机に垂れ落ちた。


「……」
「……」
気まずい沈黙。
しかしめげない香坂は、次なる手を打ってきた。
クラブサンドを手ごろな大きさに千切り、一つをつまむ。そしてそれを智樹の口へと運んだ。
「はい永沢クン、あ~ん♪」
これなら…と、安心したのがいけなかった。
「あ~ん」
大きく口を開けた智樹は、
「「あっ…」」
勢い余って香坂の指ごと咥えてしまった。
いきなりの出来事にお互い硬直する。
千切ったとはいえ、口の中では結構な大きさのクラブサンド。
このままでは埒が明かないと思った智樹は、仕方なく口の中身を咀嚼し始した。
その度に、香坂の指は智樹の唇で舐られてしまう。
「や、くすぐった…ひゃんっ!」
声を殺して耐える香坂だったが、その声は次第に艶がかったものに変わって行く。
「んん…はぁっ…ふぅ…んっ…」
クラブサンド攻略に夢中になっていた智樹も、香坂の嬌声で流石に今の惨状を理解しらしく、
「うわぁっ!ご、ごめん!!」
慌てて口を離した。
だが、時既に遅し。
4人の席の周りでは、政府の重圧に耐えかねたクラスメイト達が革命を起こしていた。
「あーもー、いいかげんにしてよねぇ!! …学食にしましょ」
「終わった。俺の青春は今終わったぁぁーっ! …学食行くか」
一人、また一人と消えていくクラスメイト達。
「これで静かに飯が食えるな」
「そうね。食事中は静かにしないとね」
真二と緒美奈はマイペースだ。
一方の智樹と香坂は、お互い真っ赤で一向に箸が進んでない。
かくして教室は、バカップル二組に占拠されてしまったのだった。

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