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大きなもみの木の上で(その11)

15分ほど経っただろうか?
ヘッドホンが階段からの二人の話声を捉え始めた。
そして、ドアが開く…

『うおー、クーラー涼しー』

まず入ってきたのは亮だ。
髪もろくに拭かないまま、ブリーフとランニングという格好だ。
そして両手には、何だかよく分からないジュースを持っている。
見た感じ、乳酸菌飲料の類だろう。


『もう、ちゃんと拭かないと駄目だよ!』

続いて万理子。
その姿は…

僕らと出会った日に履いていたピンクのリボンのパンティに、
淡いブルーのブラウスのインナー。
それを透かして薄っすらと見えるのは…ブラジャーか?

(万理子、もうブラジャーしてるんだ…)

初めて見る大好きな子のインナー姿に胸が高鳴る。

でもそんな僕の気持ちには全く気付く素振りも無く、
万理子は、自分の髪を拭いていたタオルで亮の髪をわしゃわしゃと拭いていた…


『さてと、今日こそ万理子にはエンディングを見てもらわないとな』
『えー、でもまだみんなLv38だよ?』
『大丈夫だって。 こないだ賢者がバイキルゾ覚えただろ? いけるって』

そう言って亮は、テレビにクラスタ2を繋ぎ始めた。
画面に映し出されたのは…「バラモンクエスト3」のタイトル画面。

(あれ…?)

僕が想像していた展開とは違う。

『さ、万理子。 ここで集めた108枚の石版を掲げるんだ』
『こう?』
『そうそう、そしたら…ほれ』
『あれ、ここって地上でしょ?』
『そう、ラスボスは核戦争で滅びた地上世界にいるんだ』
『そうだったんだー。 じゃあ、今まで地上だと思っていたのは地下世界だったんだー』

ヘッドホンにバラクエ3のラストダンジョンのBGMが流れ始めた。
おいおい、この二人ホントにゲーム始めちゃったよ。
僕が勝手に考えていたことは…もしかして杞憂?


つまり、
この二人はホントに子供なんだ。
付き合うっていっても、子供のゴッコ遊びみたいなもので、
オトナの付き合いのレベルには…ほど遠いんだ。


『亮くん、敵強いよー』
『心配すんなって。 ボスん所に着くまでに5つはLvアップするから』

見た感じ、1つの戦闘シーンが終わるまで軽く3分はかかっている。

(ということは…「永遠鋼の聖剣」を手に入れてないんだな…)

「永遠鋼の聖剣」というは、ラストダンジョンのモンスター「悪魔の奴隷」が
ごく稀に落とす超レアで超強力な隠しアイテムだ。
もし僕だったら、最低2本は拾わせてから最終戦に臨むだろう。
できることなら、このことを万理子に教えてあげたいのに…

だが、今の僕にはもみの木の上から応援することしかできない。


一時間後、ついに万理子のパーティーは魔王の玉座まで辿りついた。

『で、出たよ亮くん。 バラモン出た!』
『よし、じゃあまずここは踊り子と鍛冶屋、それに木こりの3人で攻めよう』
『え、そんなメンバーでいいの?』
『いいからいいから。 早く馬車から出してみ』

そして魔王バラモンとの戦闘が始まった。
万理子は戦力不足を心配しているが、ここでの亮の指示は間違ってはいない。
なぜなら魔王は3回変身する。
主力メンバーの聖戦士、賢者、勇者は変身3段階目から使ったほうがいいのだ。


『や、やったよ亮くん。 何とか勝てたよ!』
『まだだ。ボスが変身するぞ』
『えー… さっきも変身したのに…』
『これで最後。 よし、ここで聖戦士、賢者、勇者にチェンジだ』
『あ、それで初めは弱いメンバーだったんだ。 さっすが亮くん』

心底感心したような万理子の口ぶり。
でも…

(…亮にその攻略法教えたの、僕なんだけどな…)


魔王最終形態との戦闘は、圧倒的に不利な展開になっていた。
体力の回復に追われて、魔王に効果的なダメージを与えられないのだ。

『亮くん、もう駄目かも…』
『いけるって。 俺もこのレベルでクリアーしたんだから』
『無理~。 絶対無理~』
『大丈夫だって』
『あぁん、また魔王が回復呪文使った!』
『おかしいな。 こいつごくたまにしか回復呪文使わないのに』
『亮くんに騙されたー…』
『そ、そんなこと無いぞ!』
『亮くんの嘘つき嘘つき嘘つきー』
『な、なにおー!』

おいおい、何だか険悪なムードになってないか?
たかがゲームでムキるなよ二人とも…


『よーし、じゃあ、賭けだ!』
『賭け?』
『もし魔王に負けたら、明日俺が昼飯おごってやる』
『魔王に勝てたら?』
『ムーン・トルネード・アタックをここでやってもらう』
『えー… このカッコでするの~』
『だから賭けになるんじゃん。 あとワザと全滅するの無しな』
『うー、わかった…』

正直、このLv+永遠鋼の聖剣無しで魔王を倒すのはかなり厳しいはず。
賢者の攻撃力2倍化呪文「バイキルゾ」がうまく続かないと駄目だろうな。

(にしても亮、ムーン・トルネード・アタックって…)

ムーン・トルネード・アタックは万理子が好きなアニメ、ソルジャームーンの必殺技だ。
作中では、ムーンが激しい回転の後にステッキで敵を貫くような描写がなされている。
今の格好の万理子がその真似をすれば、ブラウスがめくれて、パンティが丸見えになるだろう。

(ホントに小学生レベルの罰ゲームだな…)

安心したよ、亮。
こんなアホなことしか思いつけないお前に、ちゃんとした付き合いなんてできる訳が無い。
万理子が愛想つかすのも時間の問題だな。


『あ、こら、駄目だって、ちゃんとバイキルゾ唱えてよ!』
『AIへの命令は(サポートに徹しろ)なのにおかしいな…』
『もう、パニクリばっか使わないでよ、魔王が混乱するわけないのにっ』
『回復すらしてくんないぞ』
『あ、あ、あーー、死んじゃった…』
『役立たずだな…』
『もーーーーーーーー健二の馬鹿ぁーーーーーーーっ!』

突然の万理子の罵倒。
体がビクンと跳ねた。
の、覗きがばれたのか?

…って。
…賢者に僕の名前が付けてある…


そうこうしているうちにも、万理子のパーティーは
魔王に確実に追い詰めれられいく。

『こ、今度全体攻撃されたらお終いだよぉ…』
『こりゃ、昼飯確定かな…』
『亮くんに騙された』
『まだそうと決まったわけでは』
『騙された』
『いや、だから』
『騙さ~れた~♪』
『歌にすんなって』

(あ~あ、終わったな…)

ここにいる3人(僕は外だが)全てが既に全滅を覚悟していた。

しかし、
奇跡は起きたのだ。


りょうのこうげき!
ズガガッ!
かいしんのいちげき!

まりこのこうげき!
ズガガッ!
かいしんのいちげき!

がったいわざがはつどうした!
ドガガガガッ!!
いっとうりょうだんのきれあじ!
バラモンに4699ダメージのダメージを与えた!


聖戦士・亮と、勇者・万理子の合体技。

発動確率2パーセントのそれが魔王に炸裂したのだ…


『やった! 魔王死んだよ!』
『俺と万理子の、二人で勝ち取った勝利だ!』
『うん! ありがとう亮くん!』

(…ちょっと待ってよ!)

確かに賢者健二は死んだけど、
途中まではちゃんと仕事してはずでしょ?
くそぅ、何か納得できない…

いかんいかん。
僕がゲーム如きにムキになってどうするんだ。
こんなことじゃ亮と同レベルじゃないか。



『さ、万理子。約束だったよなー』
『うー、ホントにやんなきゃ駄目?』
『駄目』
『もう… 亮くんのエッチ』

バラクエのエンディングが終わり、万理子の罰ゲームの時間になった。

(あのカッコでソルジャームーンのものまねか…)

よし、この目にしっかりと焼付けておこう。
今晩のオカズはこれで決まりだ。

(ちょっと距離が離れているのが不満だけど)

ま、いいさ。
いつか亮から万理子を奪ったら、もっと凄いことをしてもらうから。
それまでは、我慢我慢。
今は、このお子様同士の恋愛ごっこを見守るとしよう。

おもむろに、万理子が立ち上がった。
さぁ、いよいよ…



……………えっ……………



『ソルジャームーン、ごめん… 捕まっちゃった…』
『マーシナリーマーズ!』

ムーンの一番の親友、マーシナリーマーズこと火野連雀。
しかし今は宿敵アパタイトの仕掛けた断首台に捉えられてしまっている。

『仲間が死ぬ様を、その目に焼きつけるがいいわ! ソルジャームーン!』

アパタイトが手を上げた瞬間、ギロチンの刃が支えを失い、マーズに襲い掛かる!

『駄目ーっ!』

とっさにぼろぼろになったステッキを構えるムーン。
無意味な行動。しかし、戦士としての本能が、ムーンに行動をとらせたのだ。

『ムーーーーーーン・トルネーーード・アターーーーーーーーークッ!!』
『何いいいいいいいいっ! そんな馬鹿なぁぁぁぁぁっぁっ!!』

プツン。
不意に色を無くすブラウン管。

「あ、あれ?」

がんがんと斜め45°を殴るも、テレビは何も返してこない。

「お母さーーーん、テレビ壊れたーーーー」

この日、10年もの間、藤井家の団欒を支えてきたテレビが永眠した。

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