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大きなもみの木の上で(その14)

「藤井、くん?」

不意に後ろから声をかけられた。
振り返って見ると、そこには

「渡部…さん?」

体操服姿の渡部さんがいた。
首に巻いたタオルと少し息が上がっているところを見ると、
どうやら自主トレの途中のようだ。
「藤井くん、久し…ハッ…ぶりだねっ…ハァッ…」
「うん、久しぶり」
「ちょ、ちょっと待ってて…」

渡部さんは乱れた呼吸を正す為に、電柱に寄りかかって大きく息をする。

「ハァ…ハァー…    …ふう」
「落ち着いた?」
「う、うん」

久しぶりに見る渡部さんの顔。
あの川でのこと以来だ。

「あのさ藤井くん。…ちょっと歩かない?」

唐突に渡部さんがそんなことを提案してきた。

別に断る理由もない。
僕は彼女の提案にのることにした。



早朝の町を僕らは歩く。
その間、何の会話も無かった。

渡部さんは、あのキスのことでも気にして黙っているのだろうか
僕は…別に彼女に話すことが無かったので黙ったままでいた。


気まずいままで辿り着いたのは、万理子に告白したあの公園。
着くや否や、彼女は入り口に備え付けの自販機に向かって走っていった。

(ふう…)

やっと一息つける。
とりあえずブランコに腰掛けることにするか。

(一体何の用なんだか…)

昨日の出来事で僕は相当まいっているらしい。
どうも考え方がやさぐれてしまっている。



しばらくして、渡部さんが缶ジュースを二つ抱えてこちらに駆けてきた。

「おまたせ。オレンジでいい?」
「いいよ」
「よかった。何買おうかって迷ってたんだ」
「そうなんだ」
「ごめんね」

そう言って渡部さんは僕の隣のブランコに腰掛けた。
こっちのほうに顔を向けずに。
でも…来るだろう。
あの時の話題が。

「藤井くん。…あのね」
「うん」
「怒らない?」
「内容が分からないし、答えようが無いよ」
「う、うん。そうだよね」

どうやらビンゴのようだ。
渡部さんはあの山でのキスのことを言っているのだろう。
勝手にキスして、僕が怒ってると思っているんだ。


(渡部さんと付き合うってのも、悪くないかもな)

いつまでも万理子を思い続けることは何も生み出さない。
だったら万理子のことは忘れて新しい恋に生きるのも、人生の選択肢の一つだ。
渡部さんは僕を好いていてくれている。
後は、僕が彼女を好きになればそれでいい。

ちらっ。

渡部さんの方を見やる。
じっと、目を見る。

「やっ…」

すぐに真っ赤になって、目を逸らす彼女。

(かわいいかも…)

振られた直後なのにとも思うが、そう思ってしまったんだから仕方が無い。
亮も万理子も、僕に彼女がいれば気兼ね無く付き合えるはずだ。
僕の失恋の傷も、明るい渡部さんと一緒にいることでいつか癒されるだろう。

だったら、新しい恋を始めよう。
僕から始める恋を始めよう。
そう決心した僕は彼女に向かって言葉を紡ぐことにした。


「怒ってないよ」
「え?」
「ちょっとびっくりしたけどね」
「あ…」

さも意外というような渡部さんの顔。
そりゃそうだろう。
あんなことがあって以来、何の音沙汰も無かった相手が、
こんな反応をするとは思っていないだろう。

「でも、藤井くんって、仲村さんが好きなんじゃ」

これまでの態度でバレバレだったみたいだが、
でも、僕はもう過去は振り返らない。
そう決めたんだから。

「違うよ」

嘘だった。
でもここでは必要な嘘。
そう、思えた。


「…っう」

そう言った瞬間、渡部さんがぽろぽろと涙を流し始めた。
え?
何?
まさか…嬉し涙?

「わ、渡部さん? 何も泣かなくても…」
「でも…」
「泣いてる渡部さんは見たくないよ」

うわ、恥ずい。
でもそれはすんなりと口から出た言葉だった。

「私…」
「うん」
「私っ…」
「うんうん」

そう言いながら、僕の手は彼女の方へと伸びていく。
抱きしめて、涙をぬぐってあげよう。
そう思ったのだが、

「私、藤井くんに非道いことしたから…!」

渡部さんが体を引き、僕の手は空を切る。
だったらこうだ。
変わりに僕は正面から彼女を見据えた。


「藤井くんのことは、学校のプールで会った日、好きになってた。
 だから、山に行くのに私、ついていくって言ったの。
 藤井くんと仲良くなりたかったから…
 山で競争で藤井くんが倒れちゃった時、気絶している藤井くんに膝枕していたら、
 何か好きって気持ちがどんどん溢れていって……思わず、キスしちゃった。
 すぐに後悔したよ。相手の気持ちも考えず、あんなことをしちゃった自分に」

彼女の激しいまでの告白。
気持ちがどんどん伝わってくる。
人を想うのって、こんなに強い気持ちなんだ。
誰かを好きになったことのある僕には、痛いほどにそれが分かる。

だから僕は嘘を続けることにした。

いつか、それを本当にするために。

「僕は…」
「…」
「嬉しかったんだと思う」
「…」
「あの時は分からなかったけど、こうして渡部さんとまた会って、確信したよ」
「…」
「だからあの時のこと、非道いことしたなんて、言わないで…」


優しく、優しく僕は嘘を紡いでいく。
彼女の悲しみを癒す嘘を。
僕の嘘には、その力がある。
だから君は、
安心していいんだよ。

でも、


「違うの!」

渡部さんの心には、

「私、今彼氏がいるからっ!!」


僕の言葉は届いてはいなかった。


「一週間前…
 私、水泳部の幕ノ内くんから告白された」

「昔から好きだったって」

「幕ノ内くんのことは嫌いじゃなかったけど」

「私、藤井くんのことが好きだから付き合えないって、言ったの」

「でも彼、それでも好きだって…」

「ずっと悩んだ」

「だから、決めたの」

「もし、夏休みの間に藤井くんに会えたら、きっぱりと断ろうと」

「でも、藤井くんは仲村さんのこと好きだって思ってたから」

「…新しい恋を、始めなくっちゃって気持ちに…なったの…」

「だから…だから私…今日の昼間…彼にOKしちゃった…」

「藤井くんが…私のこと…想っていてくれてるなんて…知らなかったから…!」


渡部さんは、僕と同じ結論に至っていたのだ。
叶わぬ恋を棄てて、新しい恋に生きよう、と。

(待たせた僕がいけなかったのだろうか?)

違う。
嘘をついた僕が悪いんだ。
彼女の気持ちを利用して、失恋の傷をいやそうとした僕が。


「いいんだ。待たせた僕が悪いんだから」
「藤井くん…」
「諦めるよ。君の事」
「藤井くんって、やっぱり大人だ…」
「そうかな」
「私だったら、絶対泣くと、思う」

彼女の本音の告白を、また嘘で返す僕。
だったら最後の言葉も嘘で締めくくろう。

「応援してるから」

それだけ言い残し、僕は渡部さんを残したまま、公園を後にした。

どうやら神様は本気で僕の幸せを阻止しにかかっているらしい。
そうでも思わないと僕は心が潰れてしまいそうだ。

もう、
僕は、
誰も好きになっちゃいけないのかもしれない。


「あの日の告白、あれ無かったことにして欲しいんだ」



新学期が始まった。
僕は万理子の姿を確認すると、すぐに彼女を連れて屋上へ向かった。
万理子は気まずそうにしていたな…
そして到着するや否や、僕は考えていた台詞を口にした。

「昔さ、近所に…女の子がいたんだ。
 とっても仲良しだった。妹のように思ってて凄く可愛がっていた。
 でもその子、僕が小学校に入ってからすぐに…」

ここで遠い目をしながら、

「…ずっと遠いところに行ってしまったんだ…」

ちらりと万理子の方を横目で見る。
あ、少し涙ぐんでいる?
どうやら言外の意味を悟ったらしい。

「その子に似ているんだ」
「えっ」
「万理子ちゃんが、さ」
「私が…?」
「僕のところに帰ってきてくれたんだと思った」
「……」

流れるように口から飛び出す予定通りの嘘。
でもこれは、自分一人の力で万理子のことを諦めるための嘘…



「だから、ついあんなことを言ってしまったんだ」
「そ、そうなんだ」
「ごめんね。誤解させちゃって」
「い、いいよ。私は気にして無いから」

気にして無いといわれた。
性懲りも無く痛み出す、僕の心。
だから僕は最後の嘘を紡いだ。

「僕は君のこと、妹のように思ってる」
「えっ」
「だから、困ったことがあったら、相談したりしてよ」
「亮とのことも、応援する」
「藤井くん…」
「何たって、兄貴なんだからねっ」

苦しい嘘かもしれない。
でも、それはこれからの行動でカバーしていけばいいんだ。

妹だから…僕は万理子を守り、助けよう。
妹だから…他の誰かと結ばれてもいい。
妹だから…僕は妹の恋を祝福できるだろう。
妹だから…僕は兄としてなら、万理子を愛してもいい。

それは、とてもとても悲しい決断。
でも、それでも。
僕は万理子に笑っていて欲しかった。

こんな愛だったら、神様は許してくれるだろうか?
万理子は、許してくれるだろうか…




「くすくす…
 同い年なのにお兄ちゃんってのは、変だよ~」




久しぶりに見る万理子の笑顔。

ああ、可愛いな

素直にそう思った。


END。

コメント

切ねぇ~(泣)

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