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動き出した歯車(その11)

「あいつを……香織を……見たんだ」

「見たって、何を?」

「月曜日の日、帰るのが遅くなって、夜部室棟の前を通り過ぎようとしたら、サッカー部の部室で何か音がし
て」
「何かなって思って 近づいてみたら、声がして」
「覗いて見たら、香織がいて………………してた」

「何を………してたの?」
彼女の声も震えていた。

「………………エッチ…………してた」

「嘘!」

「こんな時に嘘なんか言えるもんか」
「本当にエッチしてたんだよ」

「誰かの…身間違えじゃないの?」

「しっかりとこの目であいつの姿を見て、この耳であいつの声を聴いたんだ、間違えるはずが無いよ」

「そう………」

「割り切った…はずだったんだ」
「あいつの…恋人は、中川先輩だって」
「それを受け入れて、今まで通りにあいつに接していれば、今までと変わりの無い関係でいられるって」
「だけど、………駄目だった」
「実際にそういうのを見たら、心臓が張り裂けそうで、はらわたが煮えくりかえそうで、目の前がグラグラき
て、耐えられなかった」
「だから、もう終わりにしようと思った」
「あいつとは、会っても話しないようにしようと思った。『もう、顔を見せるな』って言ってやろうと思った」
「なのに…なのに……」
「あいつの顔を見たら、なにも言えないんだよ」
「あいつさ、『大丈夫?』なんて言ってさ、俺のほっぺたをなでるんだ」
「だから『そんなことやめろ!』って手を払いのけようとしたのに、自分の手が動かないんだよ!」
「情けなくて、悔しくて、自分が嫌になっちまう!」

ちょっと待て、俺は彼女に何を期待しているんだ!
他の女に振られたのを、彼女に癒してもらおうっていうのか?
自分の弱い所を見せて、彼女の母性本能をくすぐって、あわよくば恋人になってもらおうっていうのかよ?!
結局、彼女の事を自分に都合の良い女としか見ていないんじゃないか!
反吐が出る!!
駄目だ!彼女をこの件に巻き込むんじゃない!!!

あわてて 出そうになった彼女に甘えたい気持ちを強引にひっこめた。
今日はもう帰らなきゃ。

「ははは、何 語っているんだろうね」
「ごめんね、変な事言って。こんな話、君に聴いてもらえるような事じゃないのに」
「さあ、もう今日は終わりにして帰ろう」
そう言って鍵盤の蓋を閉め、立ち上がろうとした目の前に、白い布のようなものが現れた。


と同時に 頭が押され、その白い布に頭が押し付けられるような格好になった。
その瞬間は何が起きたのか解らなかった。
ただ それは柔らく、良い匂いがして、何かとても安心するような感じがした。

俺は、彼女の胸に抱きしめられていた。

「な…何で」

「だって、田川君言ったじゃない。慰めるときは、こうして欲しいって」

確かに言った。
しかし、それは一般論のなかで『もし自分だったら』ということを語ったまでに過ぎない。
こういう事をして欲しくて言ったわけじゃない。
こんな事になるなって思ってもみなかった。
不意打ちだ。
卑怯だ。
こんな事をされたら、………今まで必死に堪えてきた、君に甘えたくなるきもちが……抑えられなくなっちゃ
うじゃないか。

「田川君………伊藤さんの事、本当に好きだったんだね」
「だから………余計に辛いよね」
「涙でない?もしかして我慢してる?」
「我慢しない方がいいよ」
「辛いとき、悲しいときは泣いた方がいいんだよ」
「知ってる?涙にはね、辛い事・悲しい事を包んで洗い流してくれる力があるんだって」
「だからね………辛いんだったら、私の胸の中で泣いて その辛いのを洗い流して」
「私はかまわないから。私は………田川君にそんな顔される方が………もっと辛いから…」


頭に回された彼女の腕の力がほんの少し強くなった。
僅かに、より強く頭が胸に押し付けられる。
もう抵抗する力は残っていない。
彼女の匂いが鼻孔を擽ると、鼻の奥がツンと痛くなって、涙がこぼれた。

ずっと我慢していた涙だった。
それだけに、一度こぼれだしたら止まらなかった。
あとからあとから流れ出し、とどまる所を知らない。
いつのまにか、俺は彼女の背中に腕を回し、胸にしがみついていた。

俺は……彼女の胸に顔を埋め………泣いた。


どれくらい泣いていたのだろう。
気が付いたら、かなり薄暗くなっていた。

「……あ………ご、ごめん!」
ばね仕掛けのおもちゃのように、彼女の胸から顔を離してあやまった。
見ると彼女のシャツの胸のあたりに、涙でできた染みが拡がっていた。
「ごめん、……シャツ、汚しちゃったね」

「いいよ。私からやったことだもの。それに、もう暗いからそんなに目立たないから平気」
「それより、すっきりした?」

「うん……完全にとは言い切れないけど、かなり落ち着いたよ。ありがとう」

「そう…良かった。………いけない、こんなに暗くなってる。早くかえりましょ」

そう言うと、彼女は楽譜をまとめて俺の鞄に入れ、俺の手を取って引っ張った。
俺は彼女に半ば引きずられるようにして、音楽室を後にした。

帰り道、俺も彼女もずっと黙ったままだった。
何か喋らなきゃ、何か話題は無いか?と思うものの、頭だけが空回りして言葉が口から出て行かない。
ふと横を向くと、丁度彼女と視線が合った。
彼女は俺の視線を確認すると、黙って恥ずかしそうににっこり笑い、すぐに視線を前へ向ける。
何か、お互いに初めて人を好きになった同士のカップルみたいだ。
ふと、香織に告白した頃の事を思い出した。
あの時も、丁度OKを受けて(と自分勝手に思っていただけだったんだが)うれし恥ずかしくて、あいつの方
にちらちら視線をむけて目が合う度に視線をそらしてたっけ………


「あの…私、こっちの道なんだけれど、」

「ひゃ!」

「ど、どうしたの?」

「いや、ちょっと考え事をしてたものだから…」
全く、遠野さんと一緒に帰っている時に香織の事を思い出すなんてどうかしている。失礼だぞ、俺。

「…で、私はこっちの道なんだけれど、田川君はどっち?」

「あ、ああ。僕はこっち。」
指差す方向はそれぞれ違っている。どうやら、一緒はここまでのようだ。

「じゃ、今日はこれで、又明日ね。」

「うん、ありがとう」

「どういたしまして」

「あ、あの………」

「何、どうしたの?」

「いや、なんでもない。さよなら、お休み」

「うん、さよなら」
彼女に言おうとして、怖くて、言えずに口をつぐんでしまった。


彼女に言いたかったこと…

君を好きになっていいですか?
僕の事、好きになってくれますか?

君の事、好きになってしまいそうな自分がいます。
君に好きになって欲しい自分がいます。

でも、好きになるのが怖いんです。
好きと言われるのが怖いんです。

好きになったら、その人に好きと言って欲しいのです。
僕の事を好きになったのなら、僕の事をずっと見ていて欲しいのです。
僕の側にずっといて欲しいのです。

だから、君の事を好きになって、君が僕の側からいなくなるのが怖いのです。
君の事、好きになるのが怖いのです。

でも、この気持ちがずっと続くのなら、いつかは言いたいです。
君に「好きです」と

だから、君を好きになっていいですか?
僕の事、好きになってくれますか?


家に着いて食事を摂り、自分の部屋に戻ってベッドに横になった。
眠るとも眠らないともいえないような状況で、時間が過ぎていく。
10時を過ぎたあたりだろうか、携帯が鳴った。
香織からのメールだった。

『ハローひろクン、ちゃんと寝てますか?
でも、驚いたよ。あんな顔色見たこと無かったから。
ちゃぁんと休んで、しっかり直すんだゾ。いいネ?
もし、今週中に直して元気になったら、日曜日にデート
してあげるのだ。
だから、気合をいれて直すように。
でも、無理しちゃだめだよ。
熱が出たりして酷くなるようだったら、連絡してね。
看病しに行ってあげるから(はぁと)』

何なんだろうか、まるで誤送信されたメールを見ているようだった。


俺は メールを一読すると、削除した。


その日を境に俺の心境は一変…する事はなかった。
翌日、顔を合わせた香織に、俺は今までと変わらない態度で接するだけだった。

「おはよー…あれ、すっかり良くなってるじゃん」

「だから言ったろう?ゲームのやり過ぎで寝不足だっただけだって」

「どれどれ?」
そう言ってあいつは俺の額へ手のひらを押し付ける。
俺はそれを払いのける事もしない。

「うん、熱は無いか……。顔色も良いし、すっかり良くなったようだね。感心感心」
そう言って俺の頭をなでてくる。
結局、あいつのやりたいようにさせているだけだった。

「ヘタレ!」とお叱りを受けるかもしれないが、一度固まった人の心境はそう簡単に崩れ去るものではないの
だろう。(勿論、何かをきっかけにして一瞬の内に変わってしまうことも有りうるが)
一つ言えるのは、この日香織と接していても、心臓がバクバクいうようなことは無かったという事だ。
恐らく、昨日の彼女の行為が俺の支えとなってくれているのだろう。
彼女にはどんなに感謝してもし切れない。
ともかく、今までと何ら変わりが無い日常が続いていくはずだった。


機転は、意外に早く訪れた。
翌日 金曜日、この日はピアノのレッスンの他は特に用事も無く、レッスンもかなり遅い時間帯のため、大体は級友たちと一緒に帰るのを日課としていた。
放課後、帰り支度をしていたところに香織が顔を出した。
部活のある香織は、放課後俺の所に来る事は滅多にない。
はやしたてる級友たちを後にして、香織の側に近寄ると、何だかばつが悪そうな顔をしている。
何か有ったんだろうか。

「あ、あの…ね」
何だかとてもいい辛そうな様子だ。

「何だよ、人を待たせているから、早くして欲しいんだけど」

「あの…ね、日曜日…の事……なんだけど」

「日曜日がどうかした?」

「その…、急用が…できちゃって、…だめに…」

言っていることが理解できない。
日曜日に一体 何があるのだろうか。

「あのさ、言ってることがよく解んないんだけど、日曜日って、一体何かあるの?」

「え?日曜日、一緒にデートする事になってたじゃない」
今度は香織の方が訳がわからない様子だ。

「デート…なんだそりゃ?いつの間にそんな約束したんだ?」


「約束…ていうか、ついこの間メール送ったじゃん。その後 ダメとも言ってなかったから手っきりOKだと
思ってたのに」

メール?全然覚えが無い。

「おい、そのメールって、一体いつ送ったやつだよ」

「やだ、一昨日送ったばかりじゃない。『良くなったら、デートしよう』って」

「一昨日………ああ、そういえばお前からメールあったな。でも、そんなこと書いてあったっけ?」

「『書いてあったっけ』……て、中身読んでないの?」

「いや、読んだ筈だったんだけど…わりぃ、覚えてないんだ」
その途端、いままで申し訳なさそうな顔をしていた香織の顔が急に冷たい顔に変わった。
「そう、あんたには私のあのメールはその程度でしかなかったんだ。…はぁ何か今日一日中どうやってあやま
ろうかって考えていた私が馬鹿だったわ」

その顔を見て、急に怒りの感情が湧き出す。

「おい、その言い方はないだろう。確かに、忘れていたのは申し訳ない事かも知れんけど、そっちだって予定
していたデートを直前でキャンセルしてきたんだぜ」
「ま、せいぜい『向こうは忘れていたわラッキー』程度じゃないか?」
「少なくとも、一方的に非難される謂れはないぞ」

「だって、ひろクン、私からのメールの中身を忘れる異なって事なかったじゃない」
「なのに、今日はどうしたの。私の事、嫌いになった?」

「別に、嫌いになったわけじゃ…」
「…って 何でそこまで話を飛躍させる?それに、俺はメールの内容を忘れていただけで、別の予定をいれた
わけじゃないぞ」
「何ならその『デートのキャンセル』をキャンセルしてもらって、デートしても良いんだがな、そうするか?」

「う…それは、できない」

「だったら、お前から非難されるのはお門違いだよな」
「まあ、いいじゃねぇか、お互い自分の都合を優先させるって事で。お前も気にしないでそっちの方、楽しん
でこいよ」

「ひろクンは…気にならないの?私が日曜日何するか、だれと遊ぶのか」

「だから、気にした所でどうにもならないんだろ?それとも『気になる』て言えば、明後日のその予定はキャ
ンセルするのかよ?」

「……できない……」

「じゃあ、そういう挑発めいた事は言うなよな。腹立つぞ」

「ごめん」

「おっと、あんまり待たせたら置いてきぼり食らっちまう。じゃあな」

あいつの返事を聞かずに、クラスメイトの方へ踵を返す。
背中からは何の言葉も降りかかってこなかった。


おい、伊藤と週末のデートの打ち合わせか?」

「違う。あいつはあいつで別の用があるんだと」

「お?何だお前、振られたかー」

「ばーか、そんくらいで『振られた』っていうんかよ」
級友たちと軽口を叩きながら帰り道を歩く。
そんな中で俺はさっきのあいつの言葉を反芻していた。
『気にならないの?』

気にならないわけではない。
しかし、かつてのあいつと先輩の初デートの時のような、いてもたってもいられないような焦燥感は無かった。

なんと言うのだろう、『まあ、そうなったらそうなったで仕方ないかも』というような感じだった。
開き直りというのだろうか、或いは諦めなのか。
やはり、俺の中で何かがほんの少しではあるが、変わりつつあるようだった。

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