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動き出した歯車(その13)

桟橋では、お目当ての客船がより一層その巨大さを見せ付けていた。

「すごいね」

「うん」

俺達は言葉も無く、巨大な塊に見とれていた。
船のテラスには客がこちらに向かってニコニコ笑いながら手を振っている。
思わずこっちもつられて手を振り返す。
ガラス越しに見える船室の様子は、ちょっと浮世離れしている。自分が培ってきた『世間一般の常識』が通用
しない様な豪華さだ。
見るもの全てに圧倒されてしまい、俺は呆けていた。

「ねぇ、この船、なんていうのかな?」

隣から聞こえる声にはっとなる。そういえば彼女とデートの最中だった。

「さぁ、僕も船の事は詳しくないから、判らないや。そうだ、もしかしたらターミナルの中なら判るかもしれ
ない」

見物客でごった返すターミナルを色々と探し回り、入り口の近くで入港する船の一覧を掲示してあるホワイト
ボードを見つけた。
今日の欄を見ると………

「『ダイアモンドプリンセス』ていうんだ」

何だか名前まで浮世離れしている。


「うわ、11万3千トンもあるんだ。でっかいはずだよな」

「それって、どのくらい大きいのかな?何か大きすぎてちょっとピンと来ない…」

「うーん、どの位って言われても、詳しくないから判らないけど、こんなに大きいのは世界でもちょっと無い
んじゃないかな?」

「そうなんだ」

改めて目の前一杯に広がる船の巨大さに、豪華さに見とれて言葉を失う。
しばらくして、小さな声で彼女が呟くのが聞こえた。

「こんな船で、一緒に旅に行けたらいいのになぁ」

その相手は誰?…その言葉を発する勇気は、俺には無かった。

桟橋を出て、海沿いの公園の中をゆっくりと歩いていく。彼女の様子に変わりは無い。相変わらず微笑を浮かべている。
俺は、さっき彼女の科白を繰り返しながら考えていた。
彼女と一緒に船旅をするのは誰か。
俺なのか。
俺は彼女にふさわしい存在なのか。
自問自答していた。一人では決して答えは出てこないのに。

途中、ベンチに座ってアイスクリームを食べながら休息を取った。
彼女の顔色は元に戻っている。



最後に訪れたのは、小高い丘の上にある公園だった。
別に何がある、という訳ではないのだが、公園から港が一望にできる見晴らしの良さが人気で、ガイドブック
にもデートスポットとして必ず載っているという定番中の定番だ。
案の定、公園の中はカップルが殆どを占めている。本当に、港が見渡せる以外取り立てて何もないというのに。
とはいえ、傾きかけた金色の光の中に染まる海の上を、さっきまで桟橋に止まっていたあの大きな船が進む様
は美しく、こういうシチュエーションとなればデートの場所としては最高の場所になるのも頷ける。
恐らく、俺たちだけでなく、公園にいるカップルの大半は、この光景に見とれていただろう。
実は、この公園は俺にとって思い出の地でもある。
香織と初めてデートした場所が此処だった。
当時は中学生、『金の掛からない場所』を探していた俺は、その名前に釣られて行ってがっかりした覚えがある。
そのときは香織の「まあ、日なが一日こういう所でボーッとしているのもいいかもね」
の一言で 半日ほどボケッと海を見ながら時間をつぶしたのだが。

そんな場所を景子とのデートに選んだのは何故か?
たまたまだ。
本当か?
景子の姿に香織の影を重ねていたのではないか?
香織の代償に景子とデートしていたのではないか?
ふと、景子に眼をやる。
海から反射した光に髪の毛が金色に輝き、僅かに憂いを帯びたような瞳は、じっと海の方を見つめていた。
綺麗だった。周りにある何よりも。
手放したくない。
そうだ、香織の代替などでは断じて無い!
一瞬でも香織の事を思い浮かべた自分を恥じた。

夕暮れの迫る中、俺達は家路についた。


「有り難う。今日はとても楽しかったよ」

「私も、楽しかった」

「本当に?退屈じゃなかった?」

「本当だよ」

「本当ならいいんだけど……」

「本当なんだから。ね?信じて」

「わかった、信じる。ごめん、変な事言って」

「あやまらないで。もっと自信もってよ。田川君、あなたは自分が思っているより魅力があるんだから」

「うん、わかった。じゃ、今日はこれで」

「うん、さよなら」

彼女と別れて家路を辿る。
結局最後は彼女に励まされてしまった。なんとなく、自分が情けない。
本当に今日彼女は楽しかったのだろうか。
本当に俺は彼女にふさわしいんだろうか。
俺は…彼女の側にいたいと思う。今日は、一日中彼女と一緒に居られて、幸せだった。
だから、彼女に相応しい彼氏になりたいと今心底思っている。
一体どうすればなれるんだろう。

そんな事をずっと頭の中で考えながら家に着いた俺に、意外な人物が待ち受けていた。


家では香織が待ち受けていた。
一瞬、帰る家を間違えたのかと思った。
しかし、香織のそばに居るのは、俺の親父、お袋、姉貴、やはり帰ってきたのは自分の家に間違いなかった。
一体、何があったのか、何がこれから起こるのか、背筋に寒気が走った。

「香織、お前何で…

「ひろクン、話があるの。ちょっと来て!」
「おじさん、おばさん、それじゃ ひろクンちょっとお借りしますね」

「はーい、行っておいで」
お袋の声が聞こえる。どうやら俺に『拒否する』選択はないらしい。
俺は、否応なく香織に外に連れ出された。



「ね、今日は遠野さんとデート?」

「うん」
ここで隠し立てする意味はない。

「何処、行ったの?」

「港のあたり」

「…楽しかった?」


お前、俺に話したい事って、こんな事かよ?
香織とのやり取りに少し苛ついて つっけんどんに「あぁ」と答えると、間髪を置かず香織の言葉がこちらに
向かって突き刺さってきた。
「私じゃなくて……ね」

踏ん切りをつけたつもりでも、やはりこういう事を言われると、胸が痛い。

「ね…ひろクン、最近冷いよね?」

「弁当の事か?」

「それもあるけど…」

「あるけど、何?」

「だってさ、最近は朝も昼休みも私が行くと席にいないじゃない。たまに席にいても、私の顔を見るとすぐど
こかに行っちゃうし」
「他の場所で会っても、目が合った途端に顔を背けるし、こっちが言葉を掛けても返事にならないような返事
しか返ってこないし」
「ね もしかして、あの日の事 まだ怒っているの?」

「あの日って、いつの日のこと?」

「だから、私がひろクンに『痴漢!』て言っちゃった日の事」
「もしそうなら、メールにも書いたけど、ごめんなさい。あの日は疲れててボーっとしてた所に、いきなり後
から抱きつかれたから………

「あれは俺のほうが悪かったんだから、謝る必要は無いよ!」


つい カッとなって、あいつが喋っているのを遮った。
違うんだよ。そうじゃないんだよ!

「別に、あの日のことに怒って、こんな事している訳じゃないんだよ」

「じゃあ、何故?」

香織の表情が、顔色が変わる。あいつも最悪の状況を想定し始めたらしい。

「…………………私の事、……嫌いになったの?………………」

「そんな事はないよ」

「じゃあ、どうでもよくなった、とか……………」

「どうでもいい訳ないだろ」

「じゃあ、どうしてなの?何でこんな事するの?辛いよ。私、こんなの耐えられないよ!!」

その言葉にすぐには返事をせず、暫く間を置く。
その間に返答の言葉を慎重に選んでいった。できる限り傷付けないように、傷つかないように。
それから、ゆっくりと 間違えないように 言葉を出す紡ぎ出す事にした。


「なあ、……俺たちって、どういう関係なんだろう?」

「何よ、はぐらかさないで!ちゃんと答えてよ!」

「はぐらかしてなんか、ないよ。ちゃんと答えるつもりだ」

「だって、私が訊いている事と全然違うこと言ってるじゃない」

「回りくどいかもしれんけど、これがお前の問いかけに対して俺が考えていることの全てなんだよ」

「でも……」

「いいから、最後まで聞いてくれよ、頼むから」

「…………」
解ってくれたのだか、解らないのだか、香織の表情から判断する事はできない。
香織は黙ったままだ。一言も喋るような気配を見せていない。
ともかく、この状況に乗じて 自分の考えを相手にぶつけていくしかなかった。

「あのさ、俺 お前から『痴漢!』て言われた後…あの電話の後…何でこ
んな事になっちまったのか考えてみたんだ」
「そしたら、ふと思った。俺たちの関係って、もしかしたら、お互いの考えがずれていて、それですれ違って
いるんじゃないか?てね」
「だから、今二人の関係を、お互いの相手のことをどう思っているか、はっきり解らせなきゃいけないんだと
思う」
「でないと…今はっきりさせておかないと、両方とももっと傷つく事になると思うんだ」
「で、俺たちの関係だけど、幼馴染だ。幼稚園の頃からずっと一緒だったから、お互いが何を考えているかも
大体判るし、普通の友達なんかよりずっと親しい関係だと思う」


「うん、それは間違いないと思う」

「それじゃあ、俺達は恋人同士だろうか?」
「確かに俺はお前に『好きだ』て言った。それに対してお前も『好き』て言ってくれた」
「でも、こうも言ったよな。『俺とはキスしたり、ましてエッチするなんて考えてなかった』って」
「じゃあ、これってどういう関係なんだろうな。少なくとも恋仲にあるとは、到底言えないよな?」

「ひろクンは……そう思うの?」
「私は……確かに恋人同士、とはいえないよね。でもひろクンは私にとって大切な人なんだよ?」
「だから私はひろクンから大切にされたいと思ってる。少なくとも、単なる幼馴染や友達なんかじゃない。
それよりかはずっと恋人に近いと思ってる」
「ひろクンは違うの?」
「ひろクンは私の事、大切じゃないの?」

「そんな事……大切に決まって…

「じゃあ、どうして…
「私はひろクンの事、大好きだし、ずっと側にいて欲しいと思っている」
「だから、今のこの状況は嫌。寂しくて、胸が痛くてたまらないよ!」

「でも、中川先輩と付き合っている。しかも、エッチもしている」

「ぅ………」

「俺さ、自分では『俺達は恋人同士だ』と思っていた。だから、お前が中川先輩とエッチしたって聞かされた
時はすごいショックだった」
「でも……それでもお前の事好きだったから、受け入れようと思った」


「だから、看病してくれたのがすごく嬉しくて、その後行ったプールでのデートは夢見ているみたいで、『これ
で良いんだ。これならやっていける』と一度は思ったよ」

「だけど……やっぱり駄目だった」
「そんなの、まやかしだった。自分に嘘をついているだけだったのが解ったんだよ」

「何が……あったの?」

「見ちまったんだよ」

「何を?」

「お前と…先輩が…………エッチしている処を…」

「そんな…嘘……」

「嘘じゃない。この目でしっかり見たし、この耳でしっかり聞いたよ」

「いつの……こと?」

「九月の…彼岸の連休明けの月曜日」

「……ぁ……」
香織の顔から血の気が引いていくのが、こちらからでもはっきりとわかる。


「やっぱりさ、ああいうこと…好きな娘が他の男とエッチしてる所を見せられると、きついわ」
「『しかたない』とか『受け入れるんだ』なんて考えが全部吹っ飛んじまった」
「次の日はショックで寝込んじまったよ……解るか?」

「………」
返事はない。微かに苦しそうな吐息が聞こえてくる。


「だから、駄目なんだよ」
「お前の事…好きなんだけど………駄目なんだよ」
「あの日からさ、お前の顔を見ると その日のことが目の前に浮かんでさ…首から上が寒くなって…心臓がバ
クバク鳴って」
「もう、お前の顔まともに見れないないんだよ。お前と話したりすることは出来ないんだよ。そんな事したら、
こっちがおかしくなっちまうんだよ!」

「だからさ、お前とは会わないようにするよ。もし、たまに顔を合わしても、声 掛けないでくれ」
「俺のこと大切だって言ったよな?だったら解ってくれよ、な?」
「俺の話はこれで全部終わりだよ。何か話したい事、ある?」

香織の返事を待った。無言で、あいつの方をじっと見つめて。
一分、二分、時が過ぎていく。香織からの返事は無い。
顔は下に向いている。正確な表情は解らないが、何やら思いつめているようにも見えた。
5分が過ぎ、10分が過ぎようとしていた。


香織からは何かを言おうとする気配は見えない。
これ以上は時間の無駄だろう。あいつには可哀相だが、ここですっぱりと終わりにするのが一番だ。


「じゃあ」
そう言って香織に背を向け、帰ろうとした俺の体に二本の腕が伸びてきた。
腕は、ベルトの上の辺りを抱え込み、前でしっかりと手が組み合わされている。
背中全面に 柔らかく、暖かいものが触れる感触が拡がる。肩甲骨の間に周りより少しばかり強い温かみを感じた。

「何で?」

その言葉に返事は無い。ただ、前で組まれた手は一層強く絡みつき、必死で引き剥がされまいとしている様だ
った。

「これじゃ、帰れないよ。な、離してくれ」

「やだ!」
迫力のある声が勢い良く飛び込んできた。どうやらすんなりと帰してはくれないらしい。

「聞き分けの無い事を言わないでくれよ」

「やだったらやだ!」
「この手を離したら、さよならなんでしょ?もう、口もきいてくれなくなるんでしょ?」
「そんなの嫌だもん。絶対離さないよ!!!」

こんなことを言われると嬉しく感じるのは、まだ香織の事好きだという証拠なのだろう。だけどな 香織、そ
れだけに、俺だって辛いんだよ。

「なぁ、頼む。もう俺の身が持たないんだ。このままじゃぁ 俺、どうにかなっちまうよ」
「解るか?俺の心臓が破裂しそうなの」
「冷や汗がでてきて、手先が痺れてきているよ。本当に、このままじゃ、壊れちまうよ!」


「解ってる!」
「解ってるけど…やっぱり、嫌だよ。ひろクンが側にいないなんて事考えられないよ!」



「ごめん。ごめんね。こんなに ひろクンの事傷つけてるのに、自分勝手なことばかり言って…ごめんなさい。
謝る……」

「あのな、もう 謝ったからってどうこうなるような問題じゃあ…

「解ってる!謝ってすむような事じゃない事は解ってるよ……」
「でも……どうしたら良いか解らないんだよ。ね、どうしたら良いの?」
「どうすれば良いか言って。お願い、何でもするから。どんな事でもするから」
「だから…さよならなんて言わないで……」

『どうしたらいいの?』香織のその呼びかけに答えを言う事は出来なかった。いや、答えなど無かった。
歯車は動き出し、二人の見ている方向は既にばらばらの方をむいているのだから。
「もう、遅いんだよ」
その一言を口に出すことはどうしても出来なかった。
結局、自分が一番可愛いいのだろうか。自分の手から香織に引導を渡す事ができない。香織が自分から気付いて自ら身を引く様、願っている。
そんな自分が嫌になる。
俺に香織を責める資格があるのだろうか?
香織を諦めて 景子を好きになる資格があるのだろうか?
香織の問いかけに答えずに じっとしていると、焦れたのだろうか 香織の方からポツリと話しだして来た。


「ねぇ、確か 私が先輩とエッチした事がショックで、それがきっかけだったんだよね」
「そしたら…さ、私とひろクンがエッチしたら、あいこ にならない?」

おい、何を言ってるんだよ。

「あいこ にはならなくても、少しは気持が晴れるでしょ?」
「ね、エッチしよう。それで少しでもひろクンの気が晴れるのなら、私は構わないから」
「何回やったっていいから。どんな事したって構わないから。それでひろクンが私の側にいてくれるなら、どんな事でもするから、何回でもするから。ね、しよう」

な…何て事言うんだよ。
何でそんな悲しくなる事、言うんだよ。
確かに、お前と先輩がエッチしてるのは嫌だよ。そんなところ、二度と見たくない。
だからって、別れたくないからって……そんな簡単に体を差し出すものなのかよ。
駄目だよ、そんなの。そんな事言われてもちっとも嬉しくないよ。
駄目だ!言わなきゃ駄目だ!そんな事じゃ解決にならないって、動き出した歯車を止める事はできないんだって事を。


「なあ 香織、俺 そういうのって違うんじゃないかって思う」
「最近はよく『エッチ』って気軽に呼んでるけど、そんなに軽々しいもんじゃないと思うんだ」
「やっぱり、そういうのは お互いに好きあって、好きで 好きで もう身も心も一つになりたいと両方が思
ったとき、初めてするもんだと思ってる」
「古臭い考え方かもしれないけど……でも、俺の気持は そうなんだよ」
「だからさ……たとえ好きな人でも、その人を繋ぎ止めておくために体を差し出すなんて事は考えられないよ」
「俺……さ、お前の事 好きだけど、でも 今のお前とそういう事したいとは思わない」

お願いだ、わかってくれ。……頼む!

「ひろクンは…いいの?」
「ひろクンは……私と顔を合わせなくても、口をきかなくても……平気なの?」

「今言っただろう?『お前のことが好きだ』って。本当は嫌だよ。でも、もう…そうしないと心が押し潰され
ちまうんだよ。これしか道はないんだよ」

「そう……でも、大丈夫なの?途中で我慢できなくなったら、ぐずぐずだよ?それこそ、ひろクン おかしく
なっちゃうよ?」
「本当に我慢できるの?」

「しょうがないだろ?それしか道が無いんだから」
「それとも お前、先輩との付き合い 止める事できるのかよ?」

「……………」
返事は無かった。
また一本、心臓に針が突き刺さったようだ。
歯車を止める事は出来ない。まして元に巻き戻す事など到底不可能だ。

「な?だからどんなになっても、我慢するしかないんだよ」

「遠野さんがいるから?」
「遠野さんが支えてくれるから…………頑張れるの?」

「そうかもしれない」
その瞬間、香織の腕から力が抜けるのを感じた。
ふりほどくまでもなく、俺の体に巻きついていた二本の腕は、自ら解けて 視界から消えていた。

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