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動き出した歯車(その18)

結局、山のような大きくてドッシリしたアイツの愛情の上で、ドキドキワクワクの恋愛ごっこを楽しみたかっ
ただけだったんだ。
丁度、夫婦という安定した地盤を築きながら、刺激が欲しいと不倫に走るような主婦と同じだ。
ははは……最低。
気持にずれがあった訳じゃない。ただ私が自分勝手にラリってただけ。
本当、アイツには勿論、先輩にも申し訳ない気持で一杯。
自分を消し去ってしまいたい。
私は一体、どうなるんだろう。どうすれば良いんだろう。
アイツの事、本当に諦めることはできるんだろうか。

わかってる。わかってるよ!
アイツと寄りを戻したいなら、先輩とは別れなきゃいけないって事。
でも、今更そんな事なんてできるわけがない。

「自分の本当の気持に気が付いた。私はアイツのことが好きだから、先輩 別れてください」
これじゃあ、先輩のこと まるっきり馬鹿にしたことになってしまう。
それに、「別れたい」って言っても、先輩はおそらく うん とは言わないだろう。

やっぱり、アイツを諦めるしか道は無いの?
ねえ、教えてよ。
誰でもいい、この先私はどうなるの?どうすればいいの?


気が付いたら、音楽室の前にいた。
音楽室・・・そこはアイツとその彼女の牙城。
なんで、こんな所に足を運んだのか解らない。
乗り込む?二人の仲をメチャメチャにする?彼女の目の前でアイツにキスして宣戦布告する?
今更、そんなことしても無駄なのは百も承知なのに・・・。
それに、私はそんな事は望んでいない。いくら振られたとはいえ、これ以上アイツに嫌われる
ようなまねは、願い下げだ。
じゃあ、なんでこんな処に・・・・・・・・

それでも、やっぱり中の様子が知りたくて、一歩進んでは半歩下がりながら、入り口のドアの
前までにじり寄っていった。
扉は開いていた。
中では、彼女が譜面を見ながら演奏に集中している。
もう一歩、あともう一歩足を伸ばせば、中に入れるのに。
入り口には、鍵が掛かっていた。

そこは、アイツと彼女だけしか入れない空間になっていた。

音楽室から聞こえてくるピアノの音色は、相変わらずゴツゴツして、でも暖かくて柔らかだった
確かショパンのポロネーズ5番だっけ。
アイツ言ってたな。ポロネーズは6番より5番の方が好きだって。
泥臭いけれど、素朴で、でも力強くて、本当の「ポロネーズ」だって。

「ねえ、あの曲してくれない?」
ポロネーズの演奏が終わった後、彼女のちょっと甘えたような声が響いた。


「どうしたの?急に。何かあった?」

「ううん、別に。そういえば最近あの曲聴いてないなって思って」
「そうしたら、なんだか聴いてみたくなっちゃたの」
「やっぱり、譜面とか 準備がないとダメかな?」

「いや、別に。暗譜してるから、譜面無くても平気だよ。あれだよね?」

「うん、やってくれるの?嬉しい」
彼女の声は心底嬉しそうだった。
やっぱり、同性だとわかるもの。恋する女の子の声は、華やいで、きらびやかで、
瑞々しいから。

流れてきたメロディーには、聞き覚えがあった。
私が、呼ばれてもいないのに、ずうずうしく押しかけた、あの恵比寿での演奏の曲。
暖かで、やさしくて、つつみこまれて。

そう、これが二人の間の「あの曲」だったんだ。
そうか、あの時の演奏は、彼女に向けての曲だったんだ。

そういうことだったんだ。
フッと笑い顔になる。ちょっとばかし、荷が軽くなったような気がする。
彼女との仲は、私との事だけが原因じゃなかったんだ。

妬ましい気持はある。でも、嬉しい気持も半分。
アイツが、自分で見つけてきた恋。
自分のものにはならなくとも、大切な人。せめて幸せな恋を経験して欲しいと思う。
私が精一杯はれる見得はこの程度だ。

がんばってね、ひろクン 応援してるよ。

無言で呟いて、私はこの場を後にした。

-----------------------------------------------------



秋、日一日と深まっていく季節と同調するかのように、俺たちの間も深まっていく。
などと、言えればよいのだが、こればっかりは相手のあること、なんとも答える自信がない。
何せ、恋愛経験に乏しい身のため、彼女の心根が此方に向かっているのかどうかを読み取る事が出来ない。
ただ一つ言えることは、彼女といると、胸の辺りがドキドキしてくるという事だけだ。
時には、そのドキドキが外に聞こえるくらいに大きくなる。胸が苦しくて、いても立ってもいられないように
なる。
そんな時は、眩しくて彼女の顔すらまともに見れなくて、つい視線を逸らしてしまう。
当然言葉なんてでてきやしない。せいぜい、言葉にならない相槌を打つくらいが精一杯だ。こういう時ほど口
下手な自分が恨めしく感じてしまう…自己嫌悪だ。
そんな時でも彼女はニッコリと微笑んで話しかけてくれる。その暖かさにまた、ドキッとして、尚更言葉に出
すことが出来なくなる。
彼女を喜ばすことが出来ているのかどうか、彼女は本当に俺といて幸せなのか、彼女の表情から察する事など
俺には到底無理な話だった。

そのくせ、彼女と会えないと、寂しくて、切なくて、どうしようもなくなってしまう。
このまま、もう彼女に会えなくなるんじゃないかと、彼女と話すことが出来なくなるんじゃないかと、不安で
たまならなくなってしまう。
彼女と一分、一秒でもいいから、一分一秒でも長く、会いたい。
会えないのなら、声が聞きたい。それがダメなら、メールでもいい。とにかく、彼女の痕跡を残すものであれば構わない。それに触れていたかった。

こんな思いをしたのは、初めてだった。
これが、恋、というものなのか。

香織との時はこんなことは無かった。
会ってドキドキするようなことなどまるで無い。
1日どころか、2、3週間会わなくても、別に寂しくなるようなことは無かった。



何と言うか…本当に、お互い空気のような感覚で、側にいるのがあたりまえ過ぎて、いなくて不安を感じるこ
となど、殆ど無いし、居ても それに心かき乱されるような事などあり得なかった。
あまりに近すぎたのだろう。お互いの良いところも悪いところも知り尽くした間に、今更新しい発見、驚きな
どある筈も無い。
もし、今の状態が本当に恋しているのだとすると、香織との事は、一体何だったんだろう……
結局、自分も同じか…。あいつに対して『好きだ』とは言ったものの、その『好き』が一個の男女の間として
のものか、身内、或いは家族に対するものなのかを勘違いして、あまつさえあいつが「うん」といってくれた
と、二人は恋人同士だと勘違いして、一人で勝手に盛り上っただけだ。
挙句の果てに、香織が他の人と結ばれた事に嫉妬し、傷つき、他の人に救いを求め、あいつを捨てた。
こうして振り返って見ると、香織の事を思い切り傷つけていたのがよく解る。傷ついていたのは自分だけでは
なかったんだ。
香織に対しては、本当申し訳なく思う。
俺の自分勝手な思いが、あいつを振り回し、その気にさせておいて、最後は強引に振ってしまったのだから。
香織……ごめん。


いかん。また香織のことに考えが行ってしまう。
自分の今の相手は香織ではなく、目の前にいる景子だというのに。
思わず頭を振ったところに、すかさず彼女が不安そうな面持ちで覗き込んできた。

「どうしたの?」

まずい!感づかれたか?

「ん?……ああ、何でもないよ」

できる限りの笑顔を作って、彼女に向ける。うまく繕えただろうか。

「そう……何だか考え事しているみたいだったから、何か気になることでもあるのかと思って……」

「ん……うん、ちょっとね……今度何処に行ったら良いかなぁって考えてたんだ」

「そうなんだ」
彼女の顔に安堵の顔が広がる。そのホッとしたような顔をみて、彼女を悲しませないためとはいえ、心の中とは全く別の事をいって嘘をついたことに少しばかり胸が痛んだ。

今日は11月3日、学校の文化祭の最終日。
交代で取る昼食の順番が自分に回ってきて、ようやく二人一緒に居られる時間が作れたところだった。

文化祭といえば、どの学校も大体似通ったものだと思う。
我が校もご多分に漏れず、お化け屋敷やら模擬店やら、喫茶店などが校舎内に建ち並んでいる。
うちのクラスは、喫茶店だった。
しかし、ただ喫茶店をやるだけでは他のクラスとの差別化が図れない。そこで、うちのクラスはピアノの名曲
生演奏を呼び物にする事にした。
最初にこの案に決定したときは、まあ何人かで交代で演奏するんだろう。自分も弾けないわけではなし、ここ
は進んで申し出るか……などと、ちと甘い考えでいた。
蓋を開けてみたら、演奏者は俺しかいなかった。
他にも演奏ができる奴がいるはず、と抗議したものの、「人前で演奏するほどの腕は……ちょっと」としり込みして、なかなか「うん」とは言わない。
ならばと、「一人しか演奏者がいないのなら、自分はやらない」と抵抗したのだが、クラスのほぼ全員から「お
前に拒否する権利はない」と 有無を言わせぬ状態だった。
何でも、クラスの男子に言わせると、「文化祭は、彼氏彼女のいない男女が、相手を見つける貴重な場。元から
彼女がいたのに、そいつを振って学園一の美少女をものにしたやつに、文化祭を楽しむ必要はない」だそうである。
流石に数の力には敵わない。泣く泣く承諾することになってしまったのだ。
彼女に話をしたところ、ちょっと悲しそうな表情は見せたものの、

「クラスのみんなにそういわれちゃったら、しょうがないよね。まあ、お昼御飯を食べる時間くらいはあるみたいだから、その時は一緒に食べよ。」
とにっこり笑って了解してくれた。

ところが、いざ文化祭が始まると、初日、二日目と昼休みの休息時間がお互いに合わず、一緒に顔を合わせる
のですら、今日が初めてだった。
やっと彼女と二人きりになって、二人一緒に弁当を楽しく食べていたのに、何で香織のことが頭に浮かぶん
だ!?
自分が今一番好きなのは目の前の人だ。
なのに、違う女の事を考えているだなんて……

彼女は優しい。
俺といる時、彼女の顔から微笑みが絶えることは無い。
そんな彼女をみて、可愛いと思い、愛しく感じ、抱きしめたいと思う。と同時に、不安で堪らなくなってしま
う。
ねえ、景子ちゃん、その笑顔は本物なんですか?僕といて本当に楽しいんですか?僕は、他の男性と比べて魅力ある存在なのですか?

「ねぇ、私がさっき来たとき『あの曲』になんたんだけれど、あれは……偶然…なのかな?」
彼女は箸を休め、不意に顔を少しばかり曇らせて訊いた。

そんな事は絶対にない。あれは俺にとっては特別な曲なのだから。
「偶然じゃないよ。だって、今日、来るって言ってたじゃない。あれはね……君が来てくれた時のために、ずっと取っておいたんだ。君が来たのが見えたから、あれにしたんだよ」

「え?でも、ピアノの回りは衝立がしてあって、客席からは見えないようになってたでしょ?どうやって
私が来たって事、わかったの?」


「ああ、それはね、衝立と衝立の間にほんのちょっと隙間が空いていてね、ちょうどその隙間から見える所に
君が座っているのが見えたんだ」

「え、本当?」

「勿論。今朝、君が『今日の午前に来る』って言っていたから、演奏しながらずっと目を皿のようにし
て見張ってたんだけどね。でも、死角も一杯あるし、君が僕の見えるところに座ってくれて、ラッキーだったよ」
「そうなんだ………」
ボツリと呟くような言葉を吐きながら、彼女は何にも例えることのできない、最高の笑顔を俺に見せてくれた。
その笑顔に、心臓は爆発しそうな程激しく運転し出す。きっと顔は、酒を飲んだように真っ赤になっているだ
ろう。
これだ。これが見たかったんだ。こんな笑顔が見られるのなら、死んでもいい。
彼女がとびっきりの笑顔を「自分に」見せてくれたことがたまらなく嬉しくて、余計に心臓がドキドキする。
顔が熱くて破裂しそうだ。

「嬉しいな」

優しそうな、彼女の声が聞こえる。
今だ。勇気を出すんだ。彼女の気持を確かめるんだ。
自分に強く言い聞かせる。大丈夫だ。彼女だって同じ思いのはず。受け入れてくれるに決まっている。

汗でびっしょり濡れた手のひらを、彼女に気付かれないようにそっと制服で拭き取る。
そして、その手をゆっくりと彼女の手の辺りに動かしていく。
心臓は破裂するか、大砲の弾のように、口から飛び出してはるか彼方へ行ってしまいそうな勢いだ。
手は、小刻みに震えている。必死で止めようとしたけれども、止まらない。
多分、彼女にも見えていたと思う。
俺は、その震える手を……彼女の手の上に……重ねた。

一瞬、彼女の手が硬くなったものの、すぐに感触は柔らかくなっていく。彼女からは俺の手を払いのける気配
は見えない。

「やった!」
微かに聞こえる声。その声をあげたのは、彼女なのか、俺なのか、混乱した自分の思考回路からは判別できな
かった。
やがて、彼女は俺の手にさらに自分の手を重ね、俺の肩に自分の肩をもたれかけ、体重を預けてきた。
手の甲に感じる、暖かく柔らかい手のひらの感覚、俺のシャツと彼女のブラウス、二枚の布越しに感じる柔らかな彼女の肩の感触に、心臓はもう既にどこかに飛び散ってしまったかのようだ。


抱いてしまいたいたい。
ギュッと、壊れてしまうくらいに強く、抱きしめたい。
抱きしめて、そして彼女の唇を奪いたい。
できることなら、彼女の全てを奪って、自分のものにしたい。

体の底から沸き起こる、野獣になろうとする本能を必死で押さえ、できる限り落ち着いた振る舞いで訊いた。

「ね、来週、水族館に行こうか?」

「うん」

2、3秒して彼女からの答えが返って来る。
彼女の声が俺の肩の骨通じて、肩から首筋の辺りを振るわせる。そのなんともこそばゆい感覚がきもちよかった。


「あ……もう持ち場に戻らないと……あいつらから何されるかわからない。………いかなくちゃ」

「……うん……」
その声は、さっきの「うん」とはうって違って、何か物悲しい、心惜しそうな色を帯びていた。

「ね、今日一緒に帰ろうよ」

「うん、そうするね」
声がすこしばかり、明るくなったように感じたのは、俺の自惚れだろうか。
その日の帰り道、俺は彼女とずっと手を繋いで歩いていった。

まだ始まったばかりだ。
俺と、景子との関係はスタートラインについたばかりだった。
焦るな。ここで焦ったら、何にもならない。とにかく彼女の気持が確認できるまで、軽挙妄動は慎まなければ
いけない。
彼女が好きだから、だからこそ彼女を傷つける事はしたくない。


けれども、どうしたら彼女の気持を知る事ができるんだろう。
知りたい。


でも、………………怖くて、とても手が動かない。
恋愛に臆病な自分が、情けなかった。


「ね、ひろクン、ちょっと」
いつもの様に、教室の自分の席に座ってボーっとしていると、前の方の扉の辺りで香織の呼ぶ声がする。

「何だよ?」
とりあえず行ってみると、封筒を渡された。

「これ、うちの母親からあんたのお母さんに渡せって。何か頼まれていた演劇のチケットだって」

「何だよそれ、俺は郵便配達じゃねぇっつーの」

「しょうがないじゃない。私だって、したくてしてるんじゃないよ。お母さんから頼まれたの。つべこべ言
わないで、渡しといて。ね?」

「わかったよ。渡しときゃいいんだろ?」

「頼むね。………それと、…お願いがあるんだけど……、数学と、物理と、化学のノート、貸してくんない?」

香織と別れて、暫くは口を利くのもやめようとしたものの、それは一ヶ月ももたなかった。
原因は、いまの会話の通りだ。
俺と、香織は、幼稚園の時からの間だが、それは即ち俺たちの母親にも当てはまる。
俺と香織の母親は、妙に馬が合うらしく、非常に仲が良い。
小さい頃は、家族合同でキャンプや、バーベキューをした事もあった。
今でも、二人で観劇にいったり、お洒落してショッピングに行っていたりする。
お裾分けなんかもしょっちゅうだ。
何故か知らないが、最近そのメッセンジャー役を仰せつかることが度々ある。今までは、そんな事は無かった
のに。
流石に、こいつの母親からの用事を無碍に断るわけにも行かず、『二言三言喋るくらいはしょうがないか』などと思っているうちに、こんな状態に戻ってしまった。



本当は、もう暫くの間 距離をおきたかった。
実際、香織から『お母さんから、あんたのお母さんへ』って、今日の様に呼び出されたときは、心臓に五寸釘が2、3本打ち込まれたかのような痛みを感じた。
でも、今ではそれも良かったのかもしれないと思う。
確かに、香織から声をかけられると、今でも胸が痛むけれど、正直言って未来永劫口も利かない仲になりたい
とは思っていない。
小さい頃からの仲、というのもあるのかもしれないが、お互い良いも悪いも知り尽くしている上、生来の相性
の良さもあり、色恋沙汰を抜きにした、一友人としての香織は未だ非常に魅力ある存在だった。
たとえ、恋人としてこいつを見なくなったとしても、大切な友人としての『伊藤香織』を失いたくはなかった。

とは言え、決して寄りが戻ったわけではない。
土日や、平日の昼休み、帰り道に一緒にいるのは、こいつではなく景子だし、電話やメールの相手も景子が殆
どだ。というか、香織とは電話・メールで話す事は、あれ以来一切していない。
クラスメートたちも、今の状況を肌で感じてくれているのか、今までのように囃したてたり、焚きつけたりはして来なくなっていた。
あくまで、俺の一友人としての香織、を崩さずに接してくれていた。
こんな大人な対応をしてくれる級友達には、感謝してもし切れない。

ようやく、自分の世界が見えてきたような気がした。



12月も半ばを過ぎると、冬を強く実感させられる日が増えてくる。
ぐっと冷え込んだ日は、その空気に肌の一部が触れただけで、身が縮こまり ボーっとしていた眠気が一瞬で消えていってしまう。
吐く息は白く煙り、外を歩く人はコートの襟を立てて肩をすくめて足早に歩いていく。まるでこの冷たい空気から一秒でも早く逃れようとするかのように。

期末テストも終わり、あと3日もすれば冬休み。今日はその直前の日曜日だ。
久し振りに目覚し時計を気にせずに起きた。
薄暗い部屋のカーテンを開けると、そこには同じように同じように薄暗い光景が拡がっていた。
空には灰色の雲が低く厚くたれこめ、そのせいか回りの景色も何処となく鬱々としたオーラを放っているかのようだった。
外を歩く人も視線を下に落とし、足早に動いていく。
何となく師走を感じさせる光景だ。

時計を見ると、8時30分を少し回ったところだ。
家の中はシンと静まり返っていて、物音一つ聞こえない。
それもそのはず、両親は昨日から温泉旅行とやらにでかけている。
(全く、何で正月ではなくてこの忙しい時期に行くのかね)姉貴は、ゼミの会合の後、クラブの忘年会で今日中に帰ってくることすら怪しい状況だ。
布団を跳ね上げてベッドを降りる。
室内とはいえ、昨日の夜から暖房が切れている家では、寒さは外とさほど変わらない。いっぺんに眠気が醒めた。
ブルッとひと震えした後、半纏を羽織って一階の台所に降りる。
コーヒーを入れるためお湯を沸かし、オーブントースターに入れて焼き上がったパンにバターを乗せて、溶けるのを待っていると、ピーピーとやかんからお湯が沸騰した合図がやかましく鳴り響く。
火を止めて あらかじめコーヒーの粉を入れてあったコップにお湯を注いで、かき混ぜていると、トーストのバターが程よく溶けている頃。
バターを全体にむらなく塗り広げ、その上にマーマレードを乗せると、本日の朝食の出来上がりだ。



今日は、本当に何もない日だ。
テストは終わり。空手もない。それなら、景子とどこかに行けば…と言いたいところだが、生憎彼女は友達と
どこかに遊びに行くとの事。週末に彼女と一緒にいられない事は寂しいものの、毎週末俺と一緒では彼女はクラ
スの友達なんかと遊びに行く事もできなくなってしまう。たまにはそういう時だって必要なはずだ。

クリスマスに彼女と一緒に居られるのなら、そういうことも尤もだと素直に言えるのだが。

クリスマスイブの日は、彼女は家族とコンサートに行って食事をするそうだ。
それなら、何で今日は一緒にいてくれないんだ?何で友達と遊びに行くんだ?
頭では解っていても、心の底まで同じ気持にはならない。些細なことで落ち込んでいる自分に苛ついた。
一枚目のトーストを平らげ、2枚目を焼いている最中に、電話のベルがけたたましく鳴り響いた。
(実は、家の電話機は、未だに黒電話なのだ)

「はい、もしもし」乱暴に受話器を取り上げ、ぶっきらぼうな声で答える。

「ひろクン?  はーーーよかった。捕まえられた」

声の主は香織だった。

「ねぇねぇ、今日 暇?」

「…まぁ…暇だけど」

「本当?遠野さんと約束してない?」

「いや、彼女は今日友達と何処か行くって行ってたけれど……っていったい何の用事だよ?」

「ごめんごめん。いや、ちょっと買い物に付き合って欲しくてね…」

「買い物?」

「うん、先輩のクリスマスプレゼント。何をあげたら喜ばれるかなーって思ったんだけど、なかなか思いつかなくて……そこで、男としてのアドバイスをあんたにして欲しくてね………ね、今日暇なら、付き合ってくれない? 何か奢るからさぁ」

全く、何で先輩へのプレゼントを選ぶのに俺に頼る?そんなの自分で考えろよ。
……といってみた所で、事が収まるはずもない。
あいつの性格からして、俺が『うん』と言うまで、粘るのは目に見えている。

「わかったよ」
あえなく降参。相変わらず、自分はこいつに甘いというか弱いというか…全く、あの時にさよならをいえたことが不思議でならない。
とはいえ、唐突ではあったが久し振りに香織と出かけることに、内心ちょっと心がときめいている自分がいた。

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