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『完落ち』 ~その1

今年の春、わたしは美容学校を卒業し地元の美容院に就職した。
お店は駅前の大通りから一本入った住宅街にあり、家から自転車で通っている。
営業時間は10:00~20:00で、終業後ウィッグという人形を使って練習をしている。
先輩のYさんが付き合ってくれる日もあるけど大抵は一人残って毎晩練習だ。

朝からずーっと立ちっ放しで夜遅くまで練習し体はクタクタ。
マズイとは思いつつも、ライトを点けるとペダルが重く疲れるので無灯火だ。
その日の帰りも無灯火で、一応注意しながら走っていたけど
家の手前にある公園にさしかかり、ガサガサと音のした方に気をとられていたら
前を歩いていた人を轢いてしまった。

「わっ!」
「キャーーーッ」
(ガシャーン)
(ボキッ)
「うぅ・・・・・・」
けたたましい音が夜の空に響き、嫌な音の後に男の呻き声が聞こえる。
「・・・・・・っぅ・・・す、すみませんっ、大丈夫ですか?」
自転車ごとアスファルトに倒れたわたしはなんとか立ち上がり男に訊く。
「・・・・・・折れた」
「え!?きゅ、救急車を呼ばないと!」
「いや、歩いた方が早い。君は大丈夫か?」
男は右腕を庇いながら立ち上がりわたしを見据える。
公園の木が茂っていて街灯があっても暗い、それでも男の目付きが異様に鋭いのがわかる。
こちらを萎縮させるような妙な威圧感がある。
怖い・・・・・・危ない職業の人・・・・・・?

男はわたしの応えを待っている。
今日は肌寒く厚手の服を着ていたのが幸いしたのか、打った右半身が痛いけど大したことはないようだ。
それを男に伝えると、自分は近くの救急病院に歩いて行くと言うのでわたしも一緒に付いて行く。

右手首骨折、全治一ヶ月。
わたしが自転車で轢いてしまったのは、Fさんという30代前半の警視庁の刑事さんだった。
どうりで普通のサラリーマンには見えなかったわけだ。

その後、警察が来て調書を取られる。警察の人にも怒られたが親にも散々怒られた。
保険会社が間に入り、100%加害者のわたしが治療費を負担することになった。
治療費だけで慰謝料は要らないと言うFさんに対し、
うちは料理屋(時々、雑誌等で紹介される洋食屋)なので怪我が治るまでの間、
慰謝料代わりに食事の面倒を見ることを母親が提案する。

近寄りがたいFさん相手にわたしの母親はお節介なオバサンパワーを炸裂させ、
独身の一人暮らしで身の回りの世話をする人がいないことを聞き出す。
そして、掃除洗濯をわたしにやらせると強引に決めてしまう。
最初は固辞していたFさんだったけど母親のしつこさに辟易したのか、
終いには部屋の鍵まで預けお願いしますということになった。

あの事故から10日。
わたしの家から歩いてすぐの所にあるワンルームマンションにFさんは住んでいる。
Fさんは仕事が忙しいようで、お店には1回しか食べに来ていないようだった。
数日分の料理を冷蔵庫に入れて置き、後でお皿を取りに行くと空になっているので
部屋には帰ってきているようだが会わないらしい。
わたしもこの間、定休日の火曜日に初めて部屋の掃除に行ったけど会わなかった。

必要最低限の物しか置かれていない殺風景な部屋だ。
掃除はすぐ終わってしまう。
洗濯も自分でやってしまっていてする事がない。
触って欲しくないんだろうなーとは思ったけど、一箇所でしか留めていないTシャツや下着が
よれたまま乾いているのがあんまり皺くちゃで悲惨だったので、
一旦家に帰ったわたしは、アイロンを持ってきて皺を伸ばし畳んでソファーの上に置いておく。
殆ど知らない人の家に入り勝手に物に触るのは罪悪感めいたものがあり落ち着かない。

掃除に行った2日後、仕事の帰りにFさんと会った(もちろんライトは点けている)。

「こんばんは」
「・・・・・・ああ」

会話が続かない・・・・・・。


わたしは引っ込み思案な上に、姉と二人姉妹で女子校だったせいか男性と話すのが苦手だ。
最近やっと姉と結婚した義兄や店長とは話せるようになったけど、
それは共通の話題があるからで、一回り上の男性と
しかも刑事さんと一体何を話したらいいんだろう。

「・・・・・・洗濯物・・・ありがとう」
「あ・・・はい」

わたしは最初、自転車から降りて押しながら歩いていたけど、
Fさんはとても早く歩くので途中からまた自転車に乗り出す。

「美容院って随分遅くまでやってるんだな」
「あ、いえ・・・営業は8時までなんですけど、終わってからカットやパーマの練習をしてるんです。
今日はお店が混んでいて始めたのが遅かったからこんな時間になっちゃいましたけど・・・いつもはもう少し早いです」
「そうか、大変だな」

Fさんは黙々と歩き、わたしは少し後ろを黙って走る。
ブィーン、ブィーンとライトの音がやたら大きく感じる。事故の遭った場所に近づく。

「・・・・・・Fさんっ、ホントすみませんでしたっ。わたし、左手だけで食事とか着替えとかしてみたんですけど凄く大変で、
だから・・・掃除とか洗濯とか気にしないで下さい。わたしのこと家政婦代わりに使ってもらって構いませんからっ。
あと、お風呂も大変ですよね?体は・・・無理ですけど、頭だったらわたし幾らでも洗いますからお店に来て下さい」

わたしは自転車を止め一気に話す。Fさんは振り返ってじっと聞いている。

「・・・・・・わかった、遅くなると思うけど行くよ」

わたしはお店の場所を教え、家の前で別れる。Fさんはあっという間に暗闇の中に消えていく。


そのことがあった週の日曜日の夜、
わたしがいつものように一人残って練習をしていると、Fさんがふらりとお店に現れる。
店は道路に面した一階にあり、ガラス張りで外から中の様子が見える。
終業後、窓にはロールカーテンを下ろすけど入り口のガラスドアはそのままだ。
そこから覗き込む人がいるなと思ったらFさんで、わたしは鍵を開け中に入ってもらう。

Fさんは物珍しげに店内をキョロキョロと見回している。
「Fさんは美容院初めてですか?」
「ああ、いつも床屋だから」
スーツのジャケットを脱いでもらいシャンプー台に案内する。
「ふーん、仰向けになるのか」
顔に布を掛けるとFさんは苦しいと言って取ってしまう。
水が跳ねますからと言ってもそれでもいいと言うのでそのまま続けることにする。

やりにくい・・・・・・あの鋭い目を閉じてくれているのは助かるけど、
こんなに顔が接近していると緊張する。
Fさんの顔は見ないようにし、頭を洗うことに集中する。
なんとなく胸に視線を感じるような気がしないでもないけど、
もし今、下を向いてFさんと目が合ってしまたらパニックになりそうなので無視。
気のせい、気のせいと自分を納得させシャンプーを続ける。

それにわたしの胸は見て楽しいもんじゃないし・・・・・・母と姉は大きいのに何故かわたしだけ小さい。
それがコンプレックスで、こんな風に接近しているのはかなり抵抗がある。
気にしすぎなのは自分でもわかってるけど、とにかく見られるのは嫌だ。

なんとかシャンプーを終え、カットスペースに移動してもらいブローをする。
髪が短いのですぐ乾く。鏡に映る目を閉じたFさんは実年齢より老けて見える。
目の下のクマが深い、凄く疲れているみたい・・・・・・。
ブローの後、肩・腕・首・頭のマッサージを時間を掛けてする。

Fさんは痩せているけど肩や腕を揉むとしっかりと筋肉が付いているのがわかる。
過去に一人だけ付き合ったことのある男の体が頭に浮かぶ。
あいつの薄っぺらい体とは違って大人の男性の体だ・・・・・・。
この腕で抱きしめられたらどんな感じなんだろう?腕を背中に回した感触は?

・・・・・・ハッ、わたしったら何を想像してるんだろう・・・・・・顔が熱くなってきた。

「ありがとう、もういいよ」
いつの間にかFさんは目を開け、鏡越しにこちらを見ている。
まただ・・・どんな表情も見逃さないと観察するような刑事の目。
まさかわたしがFさんの体を想像していたことがバレたとか?エスパーじゃあるまいし・・・まさか、ね。
店の戸締りをし裏口から一緒に出る。

「肩揉み上手いね、疲れがとれたよ」
「小学生の頃からよく祖父母の肩を揉んであげてたんです」

少しは自然と話せるようになってきた。
もっとも、Fさんの質問(尋問?)にわたしが答えているだけだけど。
3年前に現在の店舗付き住居に建て直し、姉夫婦や祖父母が違う階に住んでいる
ことなんかをFさんに話しているうちに家に着く。

家に帰ると2階に住んでいる姉が来ていた。
姉は妊娠5ヶ月で最近やたらと食べてばかりいる。
今日もクッキーの缶を抱え、次から次へと口に放り込んでいる。
「もぉー、お姉ちゃんクッキーのカス落としてるよ」
「やだっ、Uったら乳首見えてる」
「えぇっ?!」
屈んでクッキーのカスを拾っていたわたしは、咄嗟に胸元を見下ろすが別に異常は無い。

着ている服は前ボタンのシャツワンピースだ。
首のすぐ下のボタンからしっかり留めているので何の問題も無いはず・・・・・・。

「そのワンピース、ボタンの間隔が広いから屈むと間がパカッと開いて中が見えるんだよ」
「ウソーーー!ヤダーーー!!」
「まーた、サイズの合わないブラしてるんでしょー。カップが浮くから見えちゃうんだって、
ダンナの前ではやめてよー気をつけなさい、もう」

姉の言葉なんかもう耳に入らない。
小さい胸を気にするわたしは胸元の開いた服は着ないように注意している。
ボタンとボタンの間とは盲点だった・・・・・・。

自分の部屋の鏡で確認してみたら確かに見えていた。
カップはA(限り無くBに近いと思う・・・・・・)なんだけど、
デザインの可愛いブラはBからというのが多く、見た目に釣られつい買ってしまう。
しかも今日のはハーフカップだったので乳首がモロ見えだ。

シャンプーしている時に感じた胸への視線はやっぱり気のせいじゃなかった?
どうしよう・・・恥ずかしい・・・Fさんに見られた?
でも、何も言ってなかったし・・・言うわけないか、乳首見えてますなんて。
いや、まだそうと決まったわけじゃ・・・でもあのFさんが見落とすはずが無いという気がする。
次に会った時、どんな顔で会ったらいいんだろう・・・・・・。

一週間後の同じ日曜日の夜にFさんが来る。
別段変わりは無く、今まで通りの寡黙なFさんだった。
たとえ見えたとしてもFさんにとってわたしの胸なんか興味ないんだろうな。
安心するやら淋しいやら・・・・・・淋しいってどういうこと?
わたしはそれ以上考えるのをやめる。

「・・・・・・あのォ・・・怪我の状態はどうですか?」
「順調に快復してるよ、予定通り再来週にはギプスが外れるかな」
「そうですか・・・何か不便してることはないですか?
わたしに出来ることだったら何でもしますから、遠慮なく言って下さい」
「・・・・・・ん、特にない・・・かな」
何だろう・・・今、Fさんは言い淀んだような?

相変わらず帰り道では沈黙が続くけど嫌な感じじゃない。
むしろこうやって一緒にいるのを喜んでいるかも・・・・・・え?喜んでいる?

週一回行っている部屋の掃除にも慣れてきた。
毎回、張り切って年末の大掃除並みに綺麗にしているのでピカピカだ。

今週も日曜日に来るのかと思っていたFさんが金曜日に来た。
今日は時間が無いらしく、シャンプーだけでいいと言う。
それだけではなく、ある事件の捜査が大詰めでしばらく帰れそうも無いので、
食事の件はもういいことを母親に伝えて欲しいとFさんは言う。

「・・・・・・あと、来週ギプスが外れるからもう君が来なくても大丈夫だ。
今まで貴重な休みを使って色々してくれてありがとう、助かったよ」

入居した時より綺麗になったとFさんが笑っている。Fさんが笑っているのを初めて見た・・・・・・胸が苦しい。

「・・・・・・あのっ、来週はカーテンを洗おうと思ってたんです。
それで完璧なんです、だから・・・来週も掃除に行きますっ」

捲くし立てるように言うわたしにFさんは少し驚いた顔をする。

「お母さんに似てるね。じゃあ・・・折角だから頼もうか」
Fさんはそう言って微笑む。
その後Fさんは本当に時間がないらしく、どうせすぐ乾くからと濡れた頭のまま店を出て行く。

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