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夢か恋愛か 6

映画は物議を醸した。
あの問題のシーンは本当にやっているのかと。
しかし、一度でも映画を見たものはあれが演技だとは到底思えなかった。

斉藤はインタビューでそのことに触れられると、
にやっと笑い、想像におまかせしますとはぐらかした。
そのことが余計に真実味を帯びさせる結果となった。
さゆりのベッドシーンは話題となり、ネットではあることないことが書かれた。
結果、さゆりのベッドシーンを見るがために映画は飢えた男で連日の満員となっていた。


裕介は何も出来ずにいた。
映画が公開されて半月、さゆりと一度も連絡をとっていない。
それは裕介からも、さゆりからも、お互いに。
裕介の周りでも、さゆりの出演した映画は話題になっていた。
おそらく、みんなもう見たのだろう。
裕介はあの試写会の日以後、さらに劇場公開されてから数回見に行った。
そのたびに、あのシーンが否応なく始まり、胸が張り裂けそうになった。
それでも、裕介は得体の知れないものに惹き付けられるようにまた見に行く。
自分の目に焼きつけるように、スクリーンを、さゆりの姿を凝視し続けた。
さゆりは一躍話題の女優となった。
その清楚な顔立ちとのギャップの演技。
映画の新人賞はもちろんのこと、主演女優賞も確実だと巷で言われていた。
これから、花々しく女優として輝こうとしていた。
しかしその矢先、週刊誌にゴシップ記事が載った。
さゆりは大磯監督の愛人で、彼と今回の仕事の為に寝たと。
さゆりを露骨に陥れるような内容だった。
その記事は、さゆりに役を奪われた大手事務所の差し金とも言われた。
そのことに関して、大磯は特に否定しなかった。
さゆりの側は慌てて否定したが、噂を打ち消すことは出来ず、
ただ、マスコミ対策の脆弱さを露見するに過ぎなかった。



それからまた半月が過ぎた。
裕介は無心でバイトに励んでいた。
働いている間は、すべてを忘れられるからだ。
バイト先には、裕介とさゆりの関係を知る者はいない。
その空間が、裕介の心を幾分落ち着かせてくれた。
その日もバイトに行き、疲れて帰った時に不意に電話があった。
さゆりからだった。
「もしもし」
「・・・」
「もしもし」
「・・・もしもし」
「ゆうちゃん元気だった?」
「ああ」
「そう。・・・ひさしぶりだね」
「ああ」
「・・・」
[・・・」
さゆりが何も言わないのに苛立ち裕介から切り出した。
「・・・映画見たよ」
「・・・そう」
「・・・ああ」
「どうだった?」
どうだった。その言葉に裕介は怒りを覚えた。
あの映画の感想を言えと、裕介は心にあった最後の糸が切れたように感じた。
「よかったよ」
「・・・そう」
「あの、ベッドシーン迫真の演技だったな」


裕介の声は震えていた。
「男の子ってそういうとこしか見てないんだね」
「・・・女優ってのは、なんでもやるんだな」
「そうだよ。作品に必要なシーンだから」
裕介の挑発とも言える言葉をさゆりは軽くいなす。
それで裕介はますます苛立つ。
「週刊誌読んだよ、仕事貰うために寝たんだって」
「・・・」
さゆりは黙る。
「なんとか言えよ」

「・・・寝たよ」

「ほんとに・・・最低だな」
「芸能界じゃそんなの当たり前だから」
「事務所の社長も、マネージャーも最低の人間だな」
「何も知らないくせに、社長達の悪口言わないで!
・・・ゆうちゃんも他の女の子と遊んだらよかったんだよ」
「俺はそういうことできないから。
もう・・・なんか、俺の知ってるさゆりじゃないみたいだな」
「そう」
「ああ」
「・・・ゆうちゃんはほんとのわたしのこと何も知らなかっただけ」
「・・・そんなこと俺は知りたくなくないし、知りたくもなかった
・・・もう俺達終わりだよ」
「・・・うん」
裕介はそこで携帯の電源を切った。
そして、さゆりのアドレスを携帯から削除した。



裕介は携帯を壁に投げ付けた。
これがさゆりとの最後の会話なのか。
さゆりに対する怒りが沸き上がる。
でも、それは本当の気持じゃない。
本当は・・・自分の無力感、喪失感に押しつぶされそうになっているだけだ。
それを、怒りという感情に置き換えているだけで、
心の中では「さゆり、さゆり、さゆり」と叫んでいる。
裕介はやりきれない感情に髪の毛を手で掻きむしった。

ホテルの一室。
真っ暗な部屋の中で、さゆりの頬を涙が伝う。
裕介に電話するつもりはなかった。
試写会の日、裕介がいることを知ったあの時から、
私にはもう帰る場所がないのだとあらためて実感していた。
強くならなくては、そう自分を必死に励ましてきた。
しかし、今さゆりの置かれた現状はそれをも挫くほどに追い込まれていた。
マスコミから逃れるためにホテルに閉じこもる生活。
一旦マスコミの前に姿を現わせば、彼等の向けるさゆりへの好奇の視線。
そして、何よりも家族のような関係だった事務所の亀裂がさゆりを苦しめていた。
携帯を眺めるているうちに、無意識に裕介に電話していた。
携帯から聞こえる聞いたことがない怒気の含んだ裕介の声。
「ゆうちゃん」
裕介の声、優しい裕介の声はもう二度と聞けないんだ。
扉が開く音と共に、部屋の中に光が差し込んだ。
「陽子さん」
陽子はコンビニ袋を抱えて部屋に入ってきた。
さゆりは涙を拭うと笑顔で近づき、コンビニ袋を受け取る。
「ごめんね、コンビニ弁当で」
「ううん。ありがと」
「明日、雑誌のインタビューが入ってるんだけど・・・」
陽子はさゆりの反応を伺うように言った。
「大丈夫です。何時からですか」
「10時から、恵比須のスタジオで」
「はい・・・あの、陽子さん・・・社長は」
陽子は首を振る。
「まだ、帰って来ないの」
「そうですか」


数カ月前に遡る。
さゆりはようやく映画の撮影現場にもなれてきていた。
誰もが熱っぽく取り組む撮影現場、
さゆりはその中の一員になれているという事がほんとに幸せだった。
大磯は監督という立場になると、あの日の面影すらなく撮影に集中していた。
その日も撮影が終わり、明日が休みということもあって皆で飲みに行くことになった。
酒宴の席では皆日々の疲れを打ち消そうと大いに盛上がった。
日々の疲れからか、何人かがそのまま本格的に酔って寝てしまう者もいた。
そのうちにさゆりに対し、隣に座っていた斉藤が絡みだした。
「やめて、下さい」
斉藤は嫌がるさゆりの肩を無理矢理に組み、服の上から胸を触わってきた。
「やめて!」
「いいだろ」
「やめて下さい」
マネジャーの陽子が危機を察して割って入る。
「へっ、なんだよ。お前、監督と寝て仕事貰ったんだろ」
斉藤はマネージャーの背に隠れているさゆりを覗き込んで言う。
「えっ」
「そんなことみんな知ってるよ。今さら清純ぶっても意味ないんだよ」
「いいかげんにして下さい」
陽子はさゆりと斉藤の間に入って、斉藤を睨み付ける。
「ふっ、もういいよ、酔いが覚めた」
そう言うと、斉藤は出て行った。
「陽子さん・・・あのこと、みんなに・・・知られてるの」
「あんなの鎌を掛けたはったりよ。気にしない、気にしない」
陽子はさゆりの肩に手を置くと、優しく微笑みかけた。
さゆりは陽子になんとか微笑み返したが、
心の中ではあのことをみんなに知られているのと、不安と絶望が渦巻いていた。


さゆりは斉藤が発した言葉が気になって、
次の日の撮影からは演技への集中が散漫となり、
NGをたびたび出していしまい、そのたびに撮影はストップしていた。
最初は優しかったクルーからも、白い目で見られることが多くなっていた。
そして、そのことでさゆりはまた畏縮するという悪循環に陥っていた。
そんなことが続いて、撮影期日は押していった。
ある日、さゆりはプロデューサの谷口に呼ばれた。
さゆりはなんだろうかと心配だった。
怒られるのだろうか、でも、本当の心配は別にあった。
谷口はあのことを知っている。
さゆりは陽子、それに社長の郡山と一緒に谷口の待つ料亭に向かった。
料亭につき座敷に通されると、そこには谷口の他に男が一人いた。
頭が禿げて太っている、中年の男。
「この方は、スポンサーの山口さんだ」
さゆりと山下は驚き仰々しく挨拶をする。
「まあ、いいから。そこに座って」
「はい」
「あっ、君達はもういいから」
腰を降ろそうとしていた郡山と陽子は驚き谷口を見る。
「君達はもう帰ってもいいから」
「どういうことですか」
郡山は情けない顔をして訪ねる。
「さゆりちゃんだけでいいと言ってるんだよ」
「・・・出来ません」
戸惑う郡山をよそに、陽子は毅然とした態度で言った。
陽子にはわかっていた。いや、郡山にもわかっていたのだろう、
このままさゆりを置いて行けばどうなるか。
「はっ、君は何言ってるのかわかってるのか」
「さゆりを一人には出来ません」
陽子は谷口の目を真直ぐに見据え言った。
「おいおい、谷口さん。話が違うじゃないか」
山口が不満げに言った。
「いえ・・・あの」
谷口はおどおどとした様子で山口に返事をし、陽子を睨み付ける。



「お前らは自分達がどう言う立場か分かってるのか!
下手くそな素人女優が身体で仕事を貰っておいて、なんて言う態度だ。
このことを公表して、お前らを芸能界から抹殺することなんて簡単なことなんだぞ」
「なんて、言われようと出来ません」
陽子は頑として受け付けない。
郡山は心配そうにそのやり取りを見ている。
「陽子さん。私、大丈夫だから」
「えっ」
陽子が驚き振り返ると、さゆりは気丈に頷いている。
「そんなことさせられない」
「おいおい。本人がその気になってるのに、何言ってるんだよ」
「いいえ。この子のマネージャーは私です」
「社長さんはどうなんだい」
「えっ、私は・・・」
郡山は即答出来ず、口ごもる。
「社長!」
陽子は郡山のはっきりとしない態度に苛立つ。
「陽子さん、私本当に大丈夫だから」
「ほらほら、本人が決心したんだ。邪魔物はさっさと帰るんだ」
「いいえ。私は許しません」
「いい加減にしろよ」
山口の顔色を伺っていた谷口は、今にもつかみ掛かろうとしていた。



唇を噛み締める陽子。
「・・・私が代わりに残ります」
陽子は谷口を睨みながら言った。
「おい、陽子」
郡山はその言葉に慌てた様子で陽子の腕を掴む。
「はあ。君が残っても意味ないんだよ」
陽子は元女優とあって美しいがもう32才、さゆりの瑞々しい若さとはほど遠い。
「私の方がさゆりよりもあなたがたを満足させられます」
谷口と山口は顔を見合わせ笑う。
「あんたの度胸は買うけど、あんたに用はない」
「そうだよ、陽子さん。私は大丈夫だから」
「そうだ、陽子何言ってるんだ」
郡山は何がなんだかわからなくなり、突然の陽子の提案にただ戸惑っていた。
異様なほど動揺している郡山の様子を見ていた谷口はあることを思い出した。
その瞬間笑いが込み上げてきた。
「よし、わかった。君で譲歩しようじゃないか」
「えっ」
全員が谷口を一斉に見た。
特にスポンサーの山口は不満を露骨にあらわした。
谷口はまあまあと山口を宥める。
「社長、いいのかい・・・マネージャーは君の奥さんなんだろ」
郡山の顔が凍り付く。
山口はその言葉ですべてを理解したようだ、にたにたと笑いだした。

「陽子・・・」
郡山は懇願するように陽子を見る。
「私、さゆりのこと守るって決めたの。もう二度とあんなことはさせない」
「陽子さん」
さゆりの瞳には涙が溜まっていた。
「だからって、お前が」
「じゃあ、また、さゆりが犠牲になるの。
それで、私たちは何もせずに、すべてをさゆりに押し付けるの。
私にはそんなこともう出来ない。・・・お願いわかって」
陽子は郡山をしっかりと見据え言った。
言葉の最後は郡山を諭すように。
郡山はもう何も言えなかった。
どうしていいか頭が混乱してわからなかったからだ。
ただ陽子だけはという自分の卑怯さが情けなかった。
「・・・陽子さん」
「さゆり、今までほんとうにごめんね。これからは私が守るから」
「もういいか、話はまとまったんだな」
「・・・はい」
陽子は郡山に頷きかける。
郡山は項垂れたまま立ち上がった。

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