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嘘の縺れ -1-

「じゃあね」
「おぅ」
 手を繋いでいた二人は名残惜しそうに手を離すと、喧噪の溢れる駅で別れた。

彼等の姿を見れば皆一様に、お似合いの仲の良いカップルに見えるだろう。
しかし、二人はお互いに嘘をついていた。それは軽い気持ちだった。
相手に対する罪悪感は確かにあったが、これが堅固な愛情の崩壊のはじまりなんて考えもしなかった。

 その日、信二は始めて合コンに行くことになった。カラオケのバイト仲間に誘われたからだ。
最初信二は合コンに行く気などなかった。
仁美という彼女がいることもその一つの理由だが、
そもそも唐沢を筆頭とするバイト仲間と以前から反りがあわなかった。
唐沢達はいわゆる不良で、高校を中退した後、様々な悪事を繰り返しているという悪い噂しか聞かない。
バイトに対する姿勢など信二とは相容れないものがあった。
その信二が彼等と合コンに行くことになったのは、普段にはない言葉使いでどうしてもと頼まれたからだった。
「頼むよ水橋。俺だってよっぽどの事がなきゃお前に頼むわけないだろ」
「でもなあ…」
「なっ頼むよ。あのM短大の子達が合コンしてくれるんだからさ。
どうしても人数合わさなきゃならないし、お前の他にその日都合のつく奴がいないんだよ」
「…わかったよ」
 少しの逡巡の後信二は了承する。
「ホントか、助かるよ。じゃあ、土曜な、恩にきるよ」
 信二は携帯をテーブルに置いた。一度は断ったが、本当のところ合コンには前から興味があった。
仁美に不満があるわけじゃないが、単純に合コンを経験してみたいという気持ちが勝る。
高校のときから仁美と付き合っている信二は合コンの経験が一度もなかった。
周りの楽しそうな噂を聞いてはどこか羨ましく思っていた。
それに唐沢達も付き合ってみればそれほど悪いやつじゃないかも知れない。
信二は胸に微かな罪悪感を覚えながらも、合コンの日が待ち遠しかった。



「ねっ、お願い、仁美この通り」
 そう言うと、ユミは手を仁美の前で合わせた。
「だから、無理だって、彼氏がいるんだから」
「大丈夫だって、適当にその場の雰囲気に合わせていてくれるだけでいいから」
「でも…」
「何よ、仁美は彼氏がいるからそうやって余裕かましてんの」
「何いってるのよ。違うって」
「仁美、あたしたち友達でしょ。
いっつも、彼氏の話あたしの前でしてるのって、彼氏のいないあたしに対するあてつけだったの」
「そんな…」
「もういいよ、バイバイ」
 ユミは怒って立ち去ろうとする。
「待って…わかった。付き合うだけだからね」
 仁美はユミの背中に向かって言った。
ユミは直ぐに振り向くとすでに顔は笑顔で、
「ありがとう!!さすがユミだね。じゃ詳細は後で連絡するから」
 そう言うと、ユミは瞳に抱き着いて大袈裟に嬉しがった。
 仁美は内心不安だった。信二にばれたらどうしよう。信二は嫉妬しやすいから。
そもそも仁美はこれまで合コンに行ったことがないし、王様ゲームなど噂でいい話も聞かない。
仁美は仕方なく承諾したが、合コンのその日まで不安が尽きる事はなかった。
ただ初めての世界への胸の高鳴りも不思議とあったのも事実だった。



 信二は駅で仁美を見送った後、待ち合わせ場所のバイト先に急いで向かった。
「おっ、水橋こっちこっち」
 唐沢達は既に待っていて、信二を見つけて手招きする。
「今日は助かったよ。命の恩人だ」
「なんだよ。大袈裟だな」
「当たり前だろ。こっちは飢えてるんだからな。もう何日も女とやってないよ。
もちろん水橋にもちゃんとアシストするからな」
 唐沢は笑顔を浮かべ信二と肩を組んだ。
「でも、俺彼女いるからなぁ」
「ばれないって。それに、彼女も他の男と遊んでるかもしれないぞ」
 唐沢は苦笑いをしながら、何心配してんだよという顔で溜め息混じりに言う。
「はっ…」
 信二は仁美の顔を思い浮かべ、まさかなと首を振った。
「まっ、いいや。遊びだよ遊び。気楽に行こうぜ」
「そうだな」
 そう思うと何だかわくわくする。
「よし、じゃ行くか」
 信二と唐沢達は意気軒昴に合コンに向かった。

 仁美は信二に手を振る。罪悪感はあるが信二は鈍感だから気付いている様子もない。
待ち合わせ場所に着くと既にユミ達が待っていた。
「仁美、すごいお洒落してんじゃん。やる気満々だね」
「そんな事ないよ」
 確かに仁美はいつもよりお洒落をし、化粧も念入りにしていた。
それにしても、信二が朝からその事に気付かない事に仁美は少し不満だった。
「信二のやつ何も見てないんだから」
「どうしたの?今日の合コンの事でも考えてるの?」
 ユミはいやらしく聞いた。
「ちがう、ちがうよ」
 仁美は慌てて手を振って否定する。その様子にユミは堪えきれず吹き出す。
「まっ、なんにしても、やる気があるのはいい事よ。
でも、あたしが気に入った子に手をだしちゃダメだからね」
「わかった、わかった」
 仁美もユミの様子に可笑しくて笑ってしまう。
「じゃ、そろそろいこっか」
 仁美とユミ達は昂揚する気持ちを互いに隠せず、キャアキャア騒ぎながら合コンに向かった。



 信二達は約束より早く女の子との待ち合わせ場所に着いていた。
「で、どんな子達がくるんだ?」
「それがよ、M女子短大の子がうちのカラオケに来て、そのときお近づきになったんだよ」
「唐沢、バイトで何やってんだよ」
 信二は溜め息をつく。
「何やってんのって、お客を楽しませるのも仕事だろ」
 まぁ、揉めたくないので、一理あるとこの場は思っておく。
「おい、来たぞ」
 唐沢の言葉に信二は急に緊張しだす。
女の子達はこちらの様子を伺うように互いに耳打ちをしている。
信二達からは逆光になって女の子の顔がよく見えないが、
その中の一人の女の子が小走りで近付いてくる。
「唐沢君、待った?」
「いや、俺らも今来たとこ。それより可愛い子誘ってくれたんだろうな」
「任せといてよ。あたしの友達の中でも選りすぐりの子ばかりだから」
「ほんとかよ」
 唐沢は疑うように女の子達を物色する。女の子達はまだ耳打ちしあっている。
信二は一見興味無さそうに振る舞っているが、それとなく女の子達を伺っていた。
その時、唐沢と喋っている女の子と目があう。女の子は信二を物色するように見て微笑んだ。
女の子は信二から目を逸らすと、後ろを振り向いて様子を伺っている女の子達に手招きした。
女の子達はひそひそ話しをしながら近付いてくる。
信二に女の子達の顔がだんだんと伝わり、ハッキリと分かった瞬間、信二の顔は引き攣った。
「…仁美?」
 信二はいるはずのない仁美の姿に呆然とする。
仁美は信二のことが遠目に気付いていた。そして信二の姿を近くで見て確信し、同じく呆然としていた。
信二は仁美を怒りを帯びてじっと見つめる。仁美も信二を不安げに見つめ返す。
「どうしたんだ、水橋?」 
 唐沢が信二に訪ねる。
「…いや、なんでもないよ」
 口ではそう答えるが、なんでもないわけがない。
信二は再度仁美に目を遣るが、仁美はすっと目を逸らしてしまう。
「それじゃあ、揃ったみたいだし行こうか」
 唐沢がそう言うと、二人を除いて皆気持ちの昂りを押し隠しながら歩み始めた。

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